ある日目覚めると、自分はホテルの一室にいた。そしてそれ以外何も覚えていない。
今は何年で自分は何者で…名前は?出身は?年齢は?家は?仕事は?
そんなすべてを忘れてしまった主人公。部屋を出て人に話を聞くと、どうやらホテルのバックヤードの木に死体がつるされており、自分はその捜査にきた刑事らしい。
RPGといえばほぼお決まりといえる「戦闘」が存在せず、ほとんどのプレイ時間はテキストを眺めている。
しかしただのビジュアルノベルと思うなかれ!多くのインタラクティブな要素、探索要素、選択要素、昔ながらのRPGのコアはしっかりと、しかし一段と濃く備えている。
しかし前衛的で斬新な、ここ10年の中でもなかったきわめて”新しいオールドスクールRPG”の傑作だ。
プレイを通して主人公がビルドされていく
普通RPGの主人公は自身のアインデンティティをもっているもの。
名前、性別、人間関係、価値観など。基本的にはそれらが変わったり、別の新しい何かに目覚めたり、人格が急にかわったり、といったことはない。
基本的に主人公は、ゲームが始まった時点でなんらかの過去をもっているもの。
しかしDisco Elysiumはそれらの点で新しいアプローチを試みていて、ゲームを通して主人公の過去をビルドする。
開始時点では主人公の体すら描写されない。Ancient Reptilian BrainとLimbic Systemとのやりとりで、主人公の意識がまず描写され、次いで感覚が描かれていく。

やがて外の騒音によって、意識と感覚だけの世界の”眠り”から目覚めると、主人公の体とその周りの物質的な視覚情報がスクリーン全体に描写されていく。

目覚めた主人公は過去の記憶を完全に失っており、昨日のことすら、ぼえていない状態。最初に設定したステータス値を除けば、見た目以外が白紙の状態でスタート。
さすがに最低限の生活ができるくらいの記憶(言葉の理解はできる)はあるけれど。まるでこの世界に始めてやってきたタイムトラベラーのような状態だ。
ゲームを通して、もともとは白紙ではなかった主人公のパーソナリティを少しずつ書き上げていく。
プレイヤーはそれを選ぶことができる。設定したステータスによって(正確にはスキルのレベルによって)インタラクトできるものや発生するイベント、後述のおもいつける思想が変わってくるため、様々なパターンの主人公を遊ぶことができる。
ゲームをしながら主人公の過去や価値観、思想をビルドしていくRPGというのは今までにはなかった新しいこのゲームの大きな特徴だ。
「思想」機能
主人公はある会話やイベントなど、あることがきっかけで「思想」を思いつく。

これはThouhgt Cabinetというものに「問題/解決策」という形で保存される。プレイヤーはそれをスロットにセットすることでその問題を解決することができる。
セットした「思想」は後の会話イベントをこなすごとに少しずつ進捗が増えていく。そしてその進捗が100%になると、その考えに対する「解決策」をひらめく。

思想によって自身の過去があきらかになったり、ある価値観や思想に目覚めたりする。実際に自分の過去の記憶だったりすることもあれば、ただの狂気じみた妄想みたいなもの、事件の捜査に役立つものもあるし、まったく事件に関係なく役にも立たないものもある(上記思想はその一例)。プレイヤーを飽きさせないものので目白押しだ。
イカれた主人公を通して、違和感なくロールプレイできる
主人公は二日酔いで全ての記憶を失ってしまうという前代未聞の災難に合ってしまった人であるが、
そんな災難のみならず、彼の言動、感性、捜査の過程で明らかになる記憶喪失前の“奇行”の数々や、24個のスキルたち+αの“脳内会議”については言うまでもなく、端的にいってき〇がいじみているところがある。
そんなイカれた(壊れた)主人公にもかかわらず、不思議なことにロールプレイに支障をきたすことなく、主人公になり切って遊ぶことができる。
ごく普通に考えればプレイヤーと違いすぎる主人公というのは、大抵プレイヤーを置いてきぼりにしてしまう。実際のところそれが原因で没入感をそぐことになってしまい、RPGとして遊ぶことが難しくなってしまっているもったいないRPGは少なくない。
しかしそれらの不一致要素は、ある二つの要素によって完璧に保管されているのだ。
1つは前述した主人公がプレイヤーと同じくゲーム開始時、何も知らないという点。
自分自身や世界のこと、今自分がどこにいるかなど、そのすべてにおいて知らないため、プレイヤーとほぼ同じスタート地点にたっている。「迷子」の状態でプレイすることになるからである。
そして2つが前述した、主人公の頭の中で語りかけてくる超個性的な24のスキルたちである。
主人公と会話をするスキルたち
スキルたちは、主人公に対して様々なタイミングで、文字通り語りかけてくる。

会話ダイアログの諸所でお前はこう言う奴だった、お前はこれが好きだった、お前ならこんなことしないよな、こうしたほうがいいぞ、これはこういう意味だぞ、彼は嘘をついてる、など、まるで自分を良く知るかつての旧友のように、主人公の思考や考え方を肯定したり否定したり、同調したり冗談をいったり、助言してくれたり、様々なアクションをとる。
そのようにして、主人公や周りの世界などの”文脈”を彼らが保管し、掘り下げてくれる。もっともそれが間違っていることもあるにはあるが(もちろんゲームデザイン上の意図として。
そして結果、主人公のパーソナリティが定まっていくのと同時に、このゲームに対するプレイヤーの知識や意思ともリンクしていく。主人公がいかれている理由がそれを通してわかってくる。そのおかげで違和感なくロールプレイすることができるというわけである。
実質的なコンパニオン
このゲームの実際的な同行者はキム・キツラギという、主人公に対して全く真逆といってもいい堅物キャラのパーソナリティの彼が務めている。(主人公の破天荒ぶりにあきれたり振り回されることが多い模様)
しかし主人公の頭の中にしかいないあれこれ助言や無駄口をたたく彼らスキルたちもその役割的に実質的に同行者のようなもの(そしてやはり大抵が皆どこかおかしい。
全24のスキルたちはほとんどが固有の意思をもった一つの人格といっても過言ではなく、固有の性格、感性をもっている。例えばIntellect系は基本的に学者気質で理屈っぽく、Physique系は粗暴だったりやんちゃな気質で絡んでくる。
初期ステータスの采配=どのコンパニオンに投資する?

ゲーム開始時プレイヤーは主人公の初期設定をおこなう。そこで行うのは4つのステータスに対するポイントの割り振り。
主人公の各ステータス値の振り分けの決定は、どの脳内会議コンパニオンに投資するのか、という事を意味する。
主人公のステータス値はそれがそのまま、それぞれのステータスに対応するスキルのレベルとして反映される。
多くのポイントを投資したスキルはその都度の「スキルチェック」判定において成功率が高くなる。反対に全く投資しなければ成功率は低くなる。

スキルチェックには主に2種類が存在し、プレイヤーが選択し、その後の結果が変わる成功確率による判定があるものと、パッシブな会話の最中に自動的に差し込まれる脳内会議の内容自体が成功するかどうか、の2種類が存在する。
一部のスキルチェック判定は、その結果が失敗でも成功でも先に進むようになっている。まるで正解も間違いもない現実の人生と同じように。
また失敗しても笑えるところがこのゲームのおもしろいところでもあり、ユーモアにあふれた結果が返ってくる。

また一度失敗したとしても、一部のチェックは対応するスキルのレベルを上げたり、特定の会話やアクション、情報や思想などを入手ことで判定要件が上昇させることで再チャレンジも可能。
スキルチェックについて神経質になることなく遊べるようになっている。
主人公の性格を表現したスキルたち
実質的なコンパニオンであるという点は一旦差し置いたとしても、このゲームのスキルは一般的なスキルの”イメージ”とも一線を画している。
一般的にならスキルとは、ある何かを中立的というか、多くの人にとって想像、計測可能な何かを測定したものになる。
例えば「剣術スキル」と聞いてごく普通に想像するのは、漠然と想像ができな剣術に対する扱いの”精巧さ”であり、それが上昇すればより効果的に剣術を扱うことができるかどうかを指す、ということをイメージする。
しかしDisco Elysiumのスキルはこの主人公の特有の個性をもとにしたものかのように作られている。
例えばVolition。直訳すれば「意志」の意味をもつスキル。一般的に考えるなら、何があっても自分の意志を曲げないとか、意志の力で食い下がり説得しようと主人公に語り掛けるようなスキルとか、そのような力強いイメージをする。
しかし実際的にこのVolitionが行う事の多くは、「やんちゃなことはしたくても絶対手を出さないよう、お行儀よくする」である。たとえば主人公が(目覚めてから)初めて酒を飲もうとしたとき、Volutionは「ダメだ、そんなことしちゃいけない」とモラル的な規範のある人間であれというようなことを主人公にいってくる。ようは、主人公の個人的な悪癖を抑制し、モラルのあるいい人間になろうとするための意思としてふるまう。主人公にとってこれが意志ある行動ということなのだろう。(ちなみに彼はパーティボーイなパーソナリティのElectro-Chemistryスキルとは仲が悪いようで、度々意見が合わずに喧嘩している。

他にもEsprit de corps(士気)は、主人公自身が所属する警察組織に対しての士気で、主人公の個人的なコミュニティに対するもの。一般的、汎用的なイメージの士気のそれよりも限定的かつ専門的。
スキル名からしてどんなスキルなのかピンとこないものもある。例えばInland Empireなど。(元ネタは映画Inland Empireから取られたとされ、そのスキル内容の”モデル”はその映画の制作者、David Lynchが制作したTwin Peaksの主人公で捜査官のDale Cooperではないかといわれている。)
Visual Calculus(マミコンの定理)は、そのままの意味では数学の定理の意味でも、実際のスキル内容は現場検証能力。
これはどういうことなのだろう…
\ポ/ CONCEPTUALIZATION[Godly:Failure]これも主人公の”DISCO”的なセンスなのか。彼の頭の世界を描いたスキルなのかもしれない。
\ポ/ LOGIC[Legendary:Failure]『彼の頭の中を描く』…?ひょっとしてこれがDISCO ELYSIUM(DISCOの理想郷=主人公の理想郷?)の意味なのかも…?
\ポ/ ENCYCROPEDIA[Easy:Success]DISCO ELYSIUMとは、ZA/UMスタジオが開発したロールプレイゲームである。
LOGIC 違う、そうじゃない。
\ムググ/ REACTION SPEED[Midium:Success]まぁ次いこうや。
おすすめかどうか
アートなRPGのDisco Elysiumを楽しもう!

個性豊かな同行者たちとともに個性豊かな主人公で遊ぶ、一風変わったロールプレイを満喫するRPG。それがDisco Elysium!
脳内スキルたちと堅物な相棒の(そしてこの世界の良心の)キムキツラギと共に、格差社会の吹き溜まりともいえる町を舞台に、悲しい時もあれば笑えると気もある、ユーモアと厳しい現実の世界で生きている一人の(いかれた)刑事として、事件と自分の謎を解き明かそう!
RPG好きならおすすめ。特にストーリー重視で、かつストーリーに影響を与えながら楽しむことに重点を置くのであればなおさらハマルこと間違いナシ!
言語の難しさ
ネックなのはやはり言語の壁があること…。多くの方が言われていますが、文学作品的な表現や比喩的なものが多く、楽しむためには言葉の表現の本質への理解をすることで楽しもうとする意志も必要でした。
私自身プレイしたてのころは辞書はもちろん、専門的な言葉などについてはwikipediaで調べたり、(例えばinternal affairやInterdisciplinaryなど…そのwiki内容も英語でかかれたものしかない)とにかく辞書にのっている意味だけではピンとこない、単純なイディオムだけでなく、政治的イデオロギーなどの日常会話では到底使わない単語が多くでてきます。
そんな言葉たちの意味を調べて正確に理解するまでの労力と時間がプレイ時間の大半を占めていました。特に政治や法律、国の機関に関する概念や仕組みの言葉は日本のそれとはそのまま当てはまらなかったり、同じように見えるものも(例えば警察などの機関)も成り立ちの歴史からその構造まで違うので、日本のそれとは違うバックボーンで作られたこのゲームを遊ぶにあたっては、より根本的に知らないとわからないことが多かったです。
英語の勉強にはうってつけ
言葉を学ぶことはその国の歴史を学ぶことに等しいと誰かがいっていましたが、本当にその通りでした。そういう意味では英語という言葉は多くの国で使われているという意味では本当に便利な言語だと思います。
ちなみに私のプレイ時間は全体で170時間ほど、かなり勉強にはなるのですが…やはり大変です。内上記の調査時間が半分以上は占めていると思います。非ゲーム時もDisco Elysiumの海外wikiを読みあさりながら調査の続きをやっていたので、それも含めればもっとあったかもしれません。
ただ文体自体はきれいで読みやすかったです。一部のキャラクターは崩れた言葉でしたが、(CUNO: THE FUCK DO YOU KNOW ABOUT CUNO’S LIFE?)某西洋RPGのドワーフみたいな訛りがきつくて何言ってるさっぱりわからないみたいなものはなかったです。
フランス語をはじめとしたほかの言語の言葉もちらちらと出てきますが、ごく一部なので少し調べればいいだけなのでそれほど問題にはなりませんでした。(ギリシャ語やスラブ語?はそもそもキーボードで打ち込めなかったのでわからなかったですが、1、2か所程度なので本当にごく一部です。
感覚としては、Torment: Tides of Numeneraを楽しめるくらい英語が使えるのなら苦になることはないかなと思います。
難しいだけに英語の勉強用のゲームとしてもうってつけ。ちゃんと読んで遊び終えて、「面白かった」と満足したころには、英語の文体や表現にもより慣れてきたと実感するんじゃないかと思います。
何より、外来語での独特の表現を学ぶのはとても興味深い経験だと思います。英語を楽しく学びたい人にもおすすめしたい作品です。
主人公に共感するかしないか
主人公が人生で壁にぶち当たって自己破壊的になっている退廃的なおっさんというところで、ひょっとしたら人を選ぶのではないか、という気もします。
もちろん前述のとおり主人公はプレイやーと同じ前提知識で世界を見るのでそれほど心配はないとは思いますが共感して遊ぶという点においてはズレがあるかも。社会人以上の人なら共感はしやすいんじゃないかとは思います。
ユーモアのセンス
本ゲームを楽しむ大きな要素の一つとして主人公の”ディスコムーブ”に始まり、シーンの多くに多彩なユーモア表現が含まれていることも魅力の一つですが、全体的にブラックユーモア、クリンジコメディチックなあまり日本でなじみのない表現なので(海外ドラマで例えるなら、The Office、The Inbetweeners、Peep Showなど)、そこがツボるかどうかという点でも、このゲームを楽しく遊べるかどうかという点ではわかれるかもしれません。
THE FINAL CUTが2021/03/30にリリース!

03/30にはバージョンアップ版であるThe Final Cutがリリースされ、なんと100万語あまりあるテキストを全てフルボイス化、追加クエストありなど、よりパワーアップして帰ってくるようです。
作中腹を抱えて笑ったシーンがいくつもあったので、ぜひそれをボイス付きで聞いてみたいと思っていたのですが、本当に楽しみですね。個人的にゲームで遊んでて爆笑するとは夢にも思っていませんでしたから、これは本当に驚きました。各スキルの声はどんな感じになるのでしょうね。
特に、”Mr. Evrart is helping me find my gun”は暫く笑いがとまらかったです。
PS:もしくは有志日本語訳を作るか…私個人でいろいろ試したのですが、技術的な問題で翻訳作業のスタート地点すら立てていない状況。テキストの抽出とか翻訳したファイルの適応方法、後は日本語fontも必要?そのあたりが全くわからず…
どなたかテキストの抽出と当て込みの方法ご存じの方がいらっしゃれば、もしよろしければ教えていただけるととても幸いにございます。
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