「自分は特別」はただの”縛り”だった。




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2021年06月25日~:
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特別であろうとしなくていい。特別、優秀な自分という「十字架」を背負わなくていい。

何の後ろ盾も誰かに認められる必要もなく、自分がやろうと思ったことをやっていい。

実際にやってみればわかる。その方がずっと楽で、ずっと楽しくて、

それが本当に自分が欲しかった自分であると。— Elepan.気づきのつぶやき (@Elepan4) April 28, 2021

一昔前、スマップの「世界に一つだけの花」が流行った。

「ナンバーワンにならなくてもいい。もともと特別なオンリーワン」

発表当初に大流行し、それからしばらく時間がたっても紅白や学校の卒業式の合唱歌としても採用されるくらい、当時知らない人はほぼいないような親しみのある歌であった。

私は当時中学生でその歌に影響をうけた口だ。もっともその自分が受けた影響、いや、私がその言葉を解釈したそれはいいものではなかった。

「オンリーワンでいい」という意味

言葉の解釈は人それぞれだが、私はこれを「褒められる理由」としてとらえてしまった。

「特別な自分でありたい。”他人とは違う褒められる自分”でいたい。」

承認欲求に飢えていた私は、その”甘い言葉”に飛びついた。

「周りとは違う特別な自分であれば、唯一無二になれる。そうすれば周りは私をずっと認めてくれる。ナンバーワンにならなくても、オンリーワンになればもう何も心配することなくずっと認めてもらえるんだ。」

承認欲求からの解放の言葉でもありえたはずのその言葉を、私は承認欲求を求め続けるための別の言葉としてとらえてしまった。

“特別な自分=誰かに永遠に認められる自分”。神か何かにでもなろうとしていた。

神のように、周りのみんなに崇められたかったのだと思う。

そんな解釈はオンリーワンではなく、ナンバーワンを意識したものととほぼ変わらなかった。

“特別な自分”を、他人や社会との比較や競争からの解放というメタファーではなく、特別な唯一無二をめぐって他者と他者の都合を満たしあう競争をし続け、承認を奪い合うメタファーとしてとらえてしまっていたからだ。

その解釈の違いはまさに自由でいようとするか奴隷でいようとするかであった。自分だけの人生を気持ちよく生きるか、他人と奴隷の鎖自慢で自分を消耗して生きるか。

私は後者を選んでしまった。選び続けてしまった。そんな私の人生は窮屈で不自由で後悔と嫉妬で満ち溢れた不幸な人生であった。

特別な何かになりたかった自分

今の私は「もともと特別なオンリーワン」というのは「ただ理由もなく正当性も必要なく、今の自分を自己承認していい」という意味であるとらえている。

誰かに認めてもらわなくても、誰かより上でも下でもなんでもよくて、単に自分は自分なのだからそれで充分なのだ、と。

しかし当時の私にそう解釈できる素養はなかった。

そう解釈したくなかった。それも無理はなくて、たった一つの言葉で承認欲求に飢えている人間が、今の生き方を手放し新しい生き方を急に知ることができるわけもなかったから。むしろ拒否反応を起こし、猛烈な嫌悪感を伴いながら退避したと思う。

当時の私にとって褒められることは世界の全てだった。それ以外の生き方を少しも知らなかった。

他人の気を引くため、他人を待ち続ける人生だった

そんな私は特別な認められる自分になるためだけに、他人とは違うことを考えようとしたり、しようとしたり、なろうとした。

かっこいいと思って楽器を始めてみたり、おしゃれだと思って変わった音楽を聴こうとしたり、目立ちたくてメタラーのような奇抜なファッションで自分を装ったりもしたり、とにかく平均的な人という人物像よりも特別な自分になろうと「形」を変えて、人目を惹くことに必死になった。

自分が特別であることに誰かに気づいてもらうため。そんな自分を褒めてもらうため、賞賛してもらうためだった。

ひねくれた性格になったのも他人が怖かったということもあるけれど、斜に構えて何かを考えることが特別で、かっこいいことだとも思っていたからだ。

私は当時まさに「中二病」だった。自分は他人と違う、だから自分は誰かよりも“特別に上”なんだ。なんてことを無意識に思っていた。

その性質は、思春期をこえても変わらなかった。アニメのキャラクターにあこがれ、その次はファッションや容姿、社会に出れば仕事の出来などの能力や地位に優秀さ。

全てただ褒められたいがための手段でしかなく、その形が変わっただけ。求めるているものはいつも同じ「褒められたい」「好かれたい」「賞賛されたい」。

大二病、意識高い系なんて言葉もあるけれど、私にとってはその根っこにあるのはみな同じだ。

単に他人の気を惹きたいだけ。永遠にき付けていたい。私だけをずっと見てほしい。拝んでほしい愛してほしい

そうしながらも他人の気を惹こうとして惹けなかった時、私はひどく落胆し、激しくその人を嫌悪した。馬鹿にされればひどく傷ついた。絶望したとすら言ってもいいかもしれない。

そんな私の過去の中でも特に鮮明に記憶にあるのは、ある女性との思い出だ。

学生時代、当時どういうわけかそんな自分を好きになった女性がいた。よくその女性に遠くから見つめられたことを覚えている。かなり大人しいタイプの人で自分からはほとんど話さない。こちらが視線をやると、その女性は恥ずかしそうにさっと顔を伏せた。

彼女の気持ちを知る別のプレイボーイな友人から、「あの子の気持ち知ってんだろ?お前から声かけてやれよ」と言われた。

でも私もそれはできなかった。そんなことはカッコ悪いと思ったから。

いや、単にヘタレだったのだ。自分から切り出す勇気なんてない。

「もし違っていたらどうしよう…勘違いかもしれない。もしそうならただ恥をかくだけ」

私はいつかその女性が勇気を出して自分にアプローチをしてくれるに違いないと思っていた。相手が私を好きなのだから、あちらから出向くのが道理だろうとも思っていた。

そうして私はずっと待った。

ところがある日、その彼女に私ではない彼氏ができてしまった。後で聞いた話だが、その彼から何度も熱烈なアプローチを受け続けついに折れてしまったらしい。

ある日その二人が仲良く談笑しながら、帰宅しているところをみてしまった。

彼女は実に楽しそうだった。

あの時の湧き上がってきた自分の気持ちは本当によく覚えている。いらだちと嫉妬と絶望が入り混じった、憎しみと悲しみが渦巻くグロテスクな感情だった。

「俺のこと好きなんじゃなかったのか?」「今までのあの思わせぶりな態度はなんだったんだよ?」ととてつもなく酷く落胆した。

裏切られたかのような、自分が根本から否定されたかのような、そんな感覚だった。

それ以来女性を信用しなくなった。女性のそんな思わせぶりな態度も、言っていることも何一つ信用できやしないと思った。もともと女性は小学校くらいの頃にいじめられた経験があったので怖い存在だと思っていた。それが完全に決め手になった。

特別であることが他人のいいなりになることに。

社会人になってからは、上司や先輩に気に入られるために仕事をした。

怒られないように、仕事ができるようになるように、とにかく気に入ってもらうためだけに仕事に精を出した。

当時仕事実体は楽しかった。プログラムの構築は本当に楽しくて、具体的に見えて、実は抽象的な思考を使って構築していくその”建造物”の作成に、私は心を奪われた。

人は夢中になっているものには人知れずどこまでも行ってしまうものだ。少なくとも周りを気にしている時よりもずっと早く、ずっと深くそこに入り込んでいく。

気が付けば周りは私を評価してくれるようになっていた。先輩には気に入られたし、上司や会社からの評価もたかった。

しかし、そんな”幸福な”時期はあっという間に、それも唐突に終わりを迎える。それはある先輩に嫌われたことで起こった。

その会社には休日に会社にきて勉強会をするという風習があった。それも無給でである。なぜ無給なのかといえば、自主的に社員が勝手に勉強しに会社にきているからという名目だった。

褒められていることもあって天狗になっていたのだろう、少し気が大きくなっていて、その会社のその仕組みについて批判的な意見を同僚と交わしていた。なぜ休日に会社にこないといけないんだろうね、と。

その会話がどうもその先輩に聞かれていたらしく、それ以来その先輩から嫌がらせを受けるようになってしまった。

その先輩はその会社の中でも比較的権力が強い人だった。上層部の支持を得ていて、出世コースに乗っている人だった。

その人からは私が社内で孤立するように嫌がらせを受けた。全員が集まる会議で私に対してこいつは信用できないから仕事は回すなといわれたりした。

そのようにして私は会社の中で一転して”腫れ物”になってしまった。誰も私に近づこうとしない。今まで仲良くしてくれた先輩も、なんだかよそよそしい。あの時の疎外感、そして周りが全て敵になってしまったかのような、たくさんの猛獣にでも囲まれているかのような想像を絶する恐怖感。

今でも鮮明に思い出すことができる。汗が止まらず、まるで背中から頭にかけて吊り上げられているかのように体が硬直し、肩に重い岩がのっているかのようで、まったく体が動かない。息をすることすらままならず、呼吸困難でトイレに引きこもる日々すらあった。

入社してから半年くらいだっただろうか。親に会社を辞めたいと言ったら、「そんなすぐ会社をやめるなら出ていけ」といわれた。誰一人信用できる人はのこっちゃいなかった。

そのようにして私は完全な人間不信となってしまった。

自分独りで何もできない人間になっていた

気づけば私は、自分の意志で、自分だけの都合で行動することが一切できない人間になり果ててしまっていたのだった。

思えばずっと他人に指図されて、他人に叱られて、他人に煽られて、他人にたきつけられて、他人に操られて生きていた。

嫌われないことを探して生きてきた。他人にとって特別な自分になれる何かに必死になろうとしてきた。

それ以外にできること、やりたいと思えることがなかった。

そんな私が完全に他人を信用できなくなり、他人の都合で生きること対する価値を失ってしまったことから、「特別な自分」という十字架にただ押しつぶされることになった。

全く体が動かせない。動く気になれない。動かす理由がない。動かす理由がなきゃ動けない。

動かすための背負う十字架でなきゃ動けなかったから。生きる意味という十字架に価値を失い、完全に落ちつぶされていた。

捨てたいのに捨てられない

背負う価値なんてもうないことはわかっているのに、どうしてもその十字架を捨てることができなかった。

それは自分一人じゃ生きていけないと思っていたからだった。他人の都合を背負って生きる以外に生きる術を知らなかったから。生きられる気がしなかったから。

その十字架が唯一の自分の生きがいで、生きる意味で保証でもあった以上、それを手放すことなんて恐ろしすぎてできなかった。

完全に袋小路だった。どうしようもない。どうしたらいいのかわからない。

どうしたいのか、なんて考えられもしない。

いつ自殺してもおかしくないような精神状態であった。体中が痛くて重くて、寝てるときすら呼吸もうまくできない。

親も信用できなかったため、独りで生きようと部屋を借りたのだが、既に自活できる能力はなく部屋は荒れ、瞬く間にごみだらけになってしまっていた。

そしてある日「嫌われる勇気」に出会う。その本を読んでから、自分を変える日々が始まった。

自分が背負ってきた十字架を捨てるために、毎日自分や自分の過去について考え、これまでに積み重ねてきた様々な歪んだ自分を掘りあて捨て続ける日々を送り続けた。

十字架を捨てて自由に

そんな私の今はというと、その十字架を捨てることができ、とても生きやすくなった。人間不信は既になくなり、私にとってこの世に75億人以上存在するほとんどの他人たちという存在は”取るに足らない存在”になった。

またその過程でいろんなことに気づいてきた。例えば私は、私が思っているずっと以上に他人に興味がなかったということ。他人に対する興味そのものが歪んでいた、といった方がいいかもしれない。

常に”見返り”を得るためだけに生きていた自分を捨てることができた

あの女性にだって、思い返せば私はほとんど興味をもってなかった。

自分を好いてくれているということ理由で彼女に興味を抱いていたから。

自分からそんな”見返り”もなし彼女に興味を持ったことなど一つもなかった

いや、彼女にかぎった話じゃない。今までの友人たちもみな、単に自分を気に入ってくれたから交友を続けていた人ばかりだ。

趣味も仕事も、何もかも見返りを前提としていた。それを楽しもうとせず、常にその先の結果を求め、他人や社会に認められることがだけを考えていた。(

私は常に”見返り”を期待しないとあらゆるものに興味を抱こうとしてこなかった。

人間関係に対する思い込みを捨て、本来の自分を取り戻した

これまで自分は誰とでも関係を結ぶことを強いてきただけだった。

独りはよくない、誰とでも仲良くしなければならないと、

そして何より常に他人によく反応しなければならない、気にしなければならない、というような思い込みを持っていた事に気づいた。

おそらくこれは、小学校や中学校の頃に「お前はよくぼーっとしてる」とクラスメイトや教師からバカにされてきたことが要因の一つだと思う。

「ぼーっとしている自分」こそが本来の自分であったのに、周りからバカにされてそれが嫌だったから、そんなぼーっとしている自分が嫌いになって、いつも必死に他人の顔をうかがって反応するように自分を洗脳したのだった。

でも本当はもとの自分でよかった。ぼーっとしている間、自分はいろいろと考え事をしていて、それはそれでとても楽しくて心地よかったからである。

周りからはさぞ間抜けで使えなさそうにすら見えるだろう。でもそんな素朴でかっこ悪い、でも心地よくて他人に煩わされることもない安心できる自分を取り戻すことで、受け入れることで人間関係という余計な雑念は消え、精神的苦痛もなくなった。

自分は自分でいい、というのはこういうことだったのだと思った。自分という軸をもっていていいのだと。ぼーっとしている自分でよかったのだと。そんな自分を軸に自分を高めることを成長というのだということを知った。

それを他人との都合や他人の言うこと、他人と同じになることで自分のコンプレックスを克服しようとするのは大きな間違いであった。そんな違う自分を一人で受け入れ、他人を自分から引き離すことであった。

目の前に夢中になることができるようになった

プログラムや小学校の頃夢中になっていた野球は、そんな中でも数少ない自分で楽しむことができたものだった。その時はクラスメイトだとか教師だとか会社の人とか親のことなどをすべて忘れて取り組むことができていたから。

でもそうしている時はいつもどこか後ろめたさを感じていた。

「他人に認められていなくてもいいんだろうか」

「勝手に楽しんでいていいんだろうか。私だけが楽しんでいたら、他の人に対して不公平ではないか」

そんな申し訳ないことをしているかのような、もやもやした無意識があった。

自分が独りで幸せを感じている時、なんだかとても申し訳ない気持ちになったのだ。

だから心配になって、そんなことをしている自分が本当にいいのかを他人に伺ったりしていた。ほかの人は困ってないかとか、自分の代わりに楽しんだ人がいいんじゃないかと思う人を探し回ったり、今考えるとずいぶんおかしなことをしていたようにも思う。

それでもその中で他人に認められていることがわかると、ほっと安心した。

しかし同時にいつもどこか熱が冷めてしまってやる気がなくなっていたように思う。

思えばその気持ちが「私は今幸せだけど本当に幸せになっていいのだろうか?」というものの正体だったかもしれない。

目の前に夢中になっていることに違和感を抱かせ、手を止めてしまう。他人に自分の幸せを差し出し、自分を犠牲にしてしまう。

そんな自分の自己犠牲の精神が、せっかく幸せになっても不幸にしていたのだった。

好きでもない何かを好きになろうとしなくてよくなった

私はこれまで無理やり他人や何かに興味を持とうとしていただけだった。

見返りをえるため。好かれるため、気に入られるため、仲間外れにされないため。

「人を好きになれない人間は異常だ。だから人を好きにならないと。

いつしか私にとってその見返りは、自分を脅迫してでも求める義務の塊になっていた。

私はどんな人間でも、どんなことでも、もし人がそれを気に入ってくれるのなら無理やり好きになろうとしてきた。

散々かっこつけたのも人目を気にし続けたのも、自分が純粋に自分独りの都合でやりたいと思ってやったことではなく、他人が好きにな自分でなければならないという強迫的な意識にたきつけられてやっていたことだった。私は自分が快感だと思っていた事すら息が詰まりそうな気持ちで苦しみながらやっていたのだ。

不快な人間であっても暴力的な人間であっても、私はその人に同化することで好きになろうとしてきた。そうすれば自分は嫌われなくて済む。認めてもらえる。安全に生きられるとそう感じて。

──

「他人を好きでなければいけない。」「他人に興味をもたなければならない。」

「他人と仲良くしなければならない。」「他人を気遣わなければならない。」

そんな様々な他人軸の十字架たちからも自分を解放することができた。

結果、本当に興味のあるもの、人だけが残り、とてもすっきりした。それこそ片手でしか数えられない、自分とこじんまりとした程度に収まり、人間関係の悩みは全て捨てることができた。頭の中を渦巻く様々な雑念も消えて目の前がクリアになった。

後悔とは”待ち続ける人”がもつものだと気づいた

他人を待ち続けることで多くの機会を失い続けていた。

先ほどの女性の件はいい例だ。その時に私から行動していれば、私自身が彼女に見返りなしに、単純に興味をもっていれば。

もとうとしていれば、全く別の結果になっていたかもしれない。

今までずっと自分で何かに、自分で自分の作り出した好奇心を満たすために何かを見ることをほとんどやってこなかった。

誰かや何かが自分に興味を抱かせて”くれる”、好奇心をみたして”くれる”、正当化して”くれる”のだと、自分を後ろ盾して”くれる”何かがあると思い込んで、それに縋っていた。

性格診断とかあのようなものに一時期ハマったのもみんな同じ理由だ。何かを好きになるために、自分を特別にしてくれる正当な理由、根拠が欲しかっただけに過ぎない。

他人や外の何かに自分のことを保証してもらいたかった、世話してもらいたがっていただけ。

ただ待っていただけだ。いい子にしたり、特別になろうとしたり、ふてくされながら。

それで何かが起こると信じて。

さながら私は、意地っ張りのただの図体のでかい赤ん坊にすぎなかった。

赤ん坊のようにべそをかき、しかし歪んだプライドのせいで弱い自分は見せまいと泣いている自分を必死に隠して、ただ自分を押し殺しながらただ待っていただけだ。

後悔というのは、ただ待つだけで、自分から何かをやらなかったことに対することに湧き上がるものだということを知った。

自分から何かをしたことに対して後悔というのは不思議と感じないのだ。何かを期待せず、したいことを自分で決めてやったことに、後悔などない。

ただ何かを期待して何もせずに待った結果、それが満たされなかったときだけ後悔は存在していた。

他人の承認だけではないと思う。ギャンブルとか、何らかの結果を待つようなものなら皆同じだと。

それにかけた期待に裏切られたことに対する落胆の気持ちからくるものだから。

それでも期待することをやめないから“中毒化”する。期待の中毒になる。今はダメでもきっといつかはその人から、他の誰かから、何かから与えられると期待し続けるからやめられず、裏切られ続ける。

それを繰り返し、苦しみ続けてしまうのだと。

何かを期待していてもそれで何かが変わることはない。期待しているというのは、「ただそこで停止しているだけ」なのが実際に起きている事実なのであって、何も進まないし、何も起こることはない。

ただ違っていい

違っていることがかっこいいと思っていたその横で、私は同時に他人に同調しなければならない、他人と違うことをしてはいけないという思い込みも抱えてもいた。そうじゃなきゃ自分は嫌われる、いい子じゃない、仲間外れにされる、悪い人間になってしまうと。

「いい子でいなければならない」という義務の意識と、「そういたくない」という矛盾に苦しみ、それは自分の思っていることを外に出すことができなかった大きな要因の一つでもあった。

その脳内コンフリクトも解消することができた。他人と同じである必要ももうなくなり、違うことを褒めてもらう必要もなくなったからだ。

「ただ他人と違っていていい、自分は自分のまま、他人と違う自分でよかった」と思えるようになった。

自分のやることを他人に合わせる必要も、自分がやることに他人の赦しを求める必要、正当化する必要ももうなくなった。

自分をただ縛り付け、停止させてしまうそんな”十字架“は、最初から必要なかったことにやっと気づけた。

特別であるというのは、十字架を背負うことなんかじゃない。

自分を正当化する理由なんかでもなんでもない。見返りを求めるための保証でもなんでもない。

ただ人はもとから違っているというだけ。

同じになることはできず、すべてが根本から違う以上比較のしようもない存在というだけ、ということだと思うのだ。ゆえに特別であると。特別であることに何の優位性も、上下もない。

だからただ自分のために、自分が感じるままに、何も背負わず生きればいいということをただ言っているだけ。

ただ違っていい。違った今の自分のままでいい。何にも合わせず自分で生きていい。

ただ今をリラックスして、今感じる目の前をすごしてよかった。それだけのことを言っているだけだ。



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自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

2 件のコメント

  • Elepanさんの経験談がまんま自分で笑っちゃいました。
    自分のことを好きだった後輩の女の子が先輩の男と付き合った時の感情は何とも言えなかったです。別に自分が対してその子に対してアプローチするわけでもなく、告られるのを待ってました。その結果がそれでした。気分は胸くそ悪かったですね、自分が悪いんですけど。
    あとはバイト先で上司に嫌われてからは動悸が止まらなくなり結局辞めました。
    いい待遇だっただけに残念でした。パニック発作もよく起こって死の恐怖がすごく大きかったですね。自殺も考えましたが何とか生きてます。
    まー全部待ちの姿勢だったんですよね。自分から行動するのが怖くて仕方ないというか。奴隷根性が骨の髄まで染み込んでました。
    たぶんこういう思考回路とか態度ってアダルトチルドレンとかメンヘラに多いですよね。これは完全に社会とか学校教育と親のせいです。私も昔はは完全にそうでしたが、今はだいぶ治ってます。Elepanさんの記事はゲーム系以外は全部見させてもらってます。すごく参考になります。
    なんていうかすごい誠実で正直な記事ばっかりで、かっこつけようとしてないところが非常に好感が持てるしためになります。
    そういう記事ってあんまり今のネット上にない気がします。金稼ぎのための中身スッカスカで広告べたべたのクソ記事が多い中で、このブログに出会えて感謝してます。
    あと音楽の趣味も合いますね、NINファンなんで。(笑)
    長くなりましたが、これからも応援しております。
    お互い人生充実させていきましょう!

    • パニック発作ですか…それは大変だったと思います。私も同じく毎日呼吸困難や痛みの苦痛から解放されたくて必死でした。

      > たぶんこういう思考回路とか態度ってアダルトチルドレンとかメンヘラに多いですよね。

      アダルトチルドレンやメンヘラといわれる人には多いかもしれないですね。家庭環境や交友関係、学校での教育など環境によって自分を素直に出すことが自然でないように感じて育ってしまうと他人が怖くなってしまって、他人の許可を動機にしないと行動できなくなってしまうというのはありがちだなぁと思います。

      > なんていうかすごい誠実で正直な記事ばっかりで、かっこつけようとしてないところが非常に好感が持てるしためになります。

      自分に誠実、正直でいるのってとても気持ちがいいですよね。以前はそれが怖いと思ってましたから全くできませんでしたが、できるようになってみるとそのすがすがしさに本当に驚きます。誠実であることを他人のためだと思っていたころは、「そんなダサイことやらんわ」なんて息巻いてましたけど、自分のためであることがわかってからは、今まで勝手に自分がつらい生き方を選んできたことを痛感せざるえませんでしたね。

      これは個人的な所見なんですが、多分私の世代(20代後半から30代前半)以上の世代を中心に、承認欲求を基底に生きている人というのは多いんじゃないかなと思ってます。人を怒鳴り散らしたり、威圧したり、ネットで誹謗中傷を行う人も、多分その多くは承認欲求が基底にあるんじゃないかと。実際これまでいろんな人と会いましたが特に社会に出てから出会う人々を中心に、いつも余裕がなくてイライラしていたり、拗ねてしまったり、人の愚痴ばかり話していたり、他人が怖いのだろうなという姿勢が見え隠れしてるように見える人がたくさんいました。

      賞罰教育が一段と濃い時代を生きていたでしょうし、自分を押し込んで無理やり他人の都合で自分を埋めて生きることを徹底してきたでしょうから、それが普通になっているんだろうなと。

      なのでそういう”空気”はまだこれからもしばらく続くんじゃないかと思っています。
      でも次の世代にはこんなつらい生き方を伝えたくないとも思います。だから今の世代に生きている私が彼らにできるのは、自分の人生を生きるということを体現することなんじゃないのかと最近は考えてます。

      子供は親の背中を見て育つといいます。子供は自分がなりたいものになりたいと思って育ちます。

      私は「そのなりたい背中」を作りたいなと。何より第一に私自身のためでもありますしね^^。

      一人一人が自分の幸せを追求していく時代を作るためにも、自分が幸せになることが先決ですね!励まし、応援の言葉ありがとうございました!お互い充実させていきましょう!

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