休職「したい」は、全然甘えなんかじゃない!




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2021年06月25日~:
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自分の「こうしたい」という欲求は甘えじゃない!

なぜなら、それは自分で決めていることだから。

そう「自分がこうしたいと思って」決断したことだ。

自分で自分のことを決める。それは大人のすること。

それは断じて甘えでなんかじゃあない!

それを甘えだと咎めるものがいるなら、その人こそが甘えているのだ。他人の都合に介在し、自身の欲望のために他人をコントロールすることで自分が気持ちよくなろうとするという、甘えの精神構造を持っているからこそそんなことを言うのである。

だからそんな人たちのことなど無視してしまえばいい。

むしろこれは「いい機会」ですらある。無用な人間関係を整理するいい機会なのだから。

「この人はこうやって人にマウントをとって自分が気持ちよくなりたい人だったんだ」、というその人の内なる精神性を発見できたのだから。

もう付き合う必要がない人間であるということがその時点で判明したんだから、むしろ得なのである。

本当の甘えとは?

では本当の甘えとはいったい何なのかというと、それは「自分で決めず、他人に決めてもらうおうとすること」

受け身的であるとか他人軸的であるとか、自分で決めずに、他人に決めてもらおうと、他人の都合に自分を癒着しようとする思考のこと。

例えば休職するということについて他人の承認を欲したり、休職する自分を嫌いにならないでほしい、とかそういった他人の気持ち、他人の課題をどうにかしたいという、先ほどもあげた他人の都合に介在して自分の欲求を満たそうとする欲求のこと。

それが甘えなのであって、自分の休職したいという気持ちは甘えなんかじゃない

自分がそう思ってる。自分がそうしたいって思ってる。

他人じゃなく、ほかでもない自分がそう思ってるんだから。

自分に正直な気持ちに自分が気づいたんだから。

それはとても勇気があることなんだよ。

だから心置きなく休職したらいい!

自分が休職したい、あるいは辞めたいと思っているならそれが”すべて“なんだ。

自分の都合がすべて。それを我慢してもただ苦しいことが続くだけでプラスにも何にもならない。

他人の都合はそんな自身の”すべて”に対して不可侵。関係ない。

他人はいろいろ言ってくるかもしれない。でもそんなのは無視していい。

「ここで休職なんかしたら後悔するぞ」「そんなのは甘ったれがすることだ」「周りに迷惑だろ」

勝手にこちらのことや先のことを決め付けてくるだけの他人の言葉なんて聞かなくていい。

さも知った風に言っているだけだ。その人の都合でただそう言いたくて言っているだけ。休職されると自分が困るからとか、単に気に入らないとかそんな個人的理由、その人の都合によくないことだからというだけ。

こちらの都合なんて一切無視、無責任で言っているのだ。

そんな”他人からのいい加減なお墨付き”なんていらない。そんな他人の都合なんていらないんだ。

他人に許されずに、保証されずに、休んで、安心していい

だから休んじゃおう。自分が休みたいって感じているんだから。自分が「そうしたい」ことなんだから。

自分の「したい」だけを考えて、したいことだけを感じて、それに素直になろう。他人に期待に添わない、休みたい自分を許そう。



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自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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