“精神的に強い人”は本当に”強い”わけじゃない




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2020年04月25日~:
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世の中には何を言われても動じず、自分を通すことのできる人が一定数います。どんなに嫌われようと自分の我を通す人、人前でどんなに恥ずかしいことや笑われることも平気でできる人、ネット上でボコボコに叩かれてもどこ吹く風な人…気の弱い人からしてみるなぜあの人達はあんなことができるのだろうと、不思議に思いますよね。しかしそれは主観的な感覚であり、実際に彼らが感じているものとは違うように私は思います。

そもそも気にしていない

気にしているその方向が違うといったほうがいいのかもしれません。例えばお笑い芸人を想像してみてください。彼らは人を笑わせるために時に自らを恥にさらすようなこともします。エガちゃんなどがわかりやすいと思います。上半身裸にピッチピチの黒タイツ、股間に手を突っ込んで高くつきあげてドーン!という定番ギャグや、番組のどこかで暴走して全裸で走り回るなど、見た目だけならまだしもその強烈な芸風は人によっては嫌悪感を感じてしまうこともあるくらいのものです。そんな芸風をエガちゃんは数十年つづけています。ここまで長い期間続けられるのは、エガちゃんの、少なくとも芸能における目的意識は人目を気にすることではないと考えられます。

気の弱い人からすると、絶対自分にはエガちゃんみたいなことはできないと感じるでしょうが、それは「人に笑われる」という意識があるからです。笑われることによって、自分を否定されてしまうことを恐れ、その予防として拒否反応がでるというものです。一方エガちゃん含むお笑いの人は「人を笑わせる」という目的があって、自分自身がどうこう思われるのかについてではなく、「誰かにとっておもしろいネタだったか」、「少しでもだれかにたのしんでもえたか」など、相手にとって何かできたかを考えて行動しているようです。えがちゃんは江頭2:50分のピーピーピーするぞ!というラジオ番組をやっていますが、その中で聞けるエガちゃんの話からは、そういった意図がくみ取れるように思います。「人に笑われる」と「人を笑わせる」は一見よく似ていますが、その本質的な部分は真逆で、まるで違うものです

人生がうまくいっている人は大抵能動的である

経済的に成功しているかどうかという話ではなくて、精神的に満たされているかどうかという幸福値の話です。能動的であることは、それだけ自由に行動している証でもあります。人から命令されたり許可されて行動を起こす受動的な人はその範囲でしか行動しないので、行動範囲は狭まり窮屈な思いをすることが多いです。これは何も仕事や学業に限らず、日常生活や趣味など、普段の何気ない思考の部分までも強く影響しています。能動的であればあるほど時には誰も挑戦したことがないようなことにチャレンジする機会が生まれ、その人らしさが伸びていきます。

他人の存在は自分の成長の助けにもなる

自分の身の回りにいる、私はこういう風には死んでもなれない、という人をみつけたらその人は自分を成長させてくれる何かをもっているかもしれません。彼らと話してみると、全く違う意識や目的をもっていることに驚かされます。会話ができなくても、彼らの行動を追っていくと学べる部分も十分にあります。自分と彼らを照らし合わせて、自分はどうだったら彼らのような行動ができるのかを考えてそこにたどり着くと、それが自分の弱さだったり、自分に足りないものだったりします。

あの人は精神的にタフだ、ストレスに強い、というのは見かけ上のもので、実際はその人にとってストレスを感じるにいたる目的や動機がないというだけです。人は目的を変えるだけで意識や考え方も変わります。自分を変えていくことで人生はより自由に、自分にとって価値あるものになっていくのです。

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自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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