何かを「気にする」はいらない!それをやめるだけで人生は楽しくなる




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2021年06月25日~:
現在メンタルヘルス系過去記事を順次全書き直し中です。
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「何かを気にする」のメカニズム

「何かを気にする」っていうのは実は自分が本当に望んでやっていることなんかじゃない。

勿論それは自分の意志でそうしているというのはそうなのだけど、ある感情があるために”駆られるようにしてそうしてしまっている”、といった方が感覚的に近い。

それは恐怖。何かを恐れているからなんだ。恐れているから気にする。そして気にすれば、その気にしたものをコントロールできる。掌握できる。支配できる。それによって恐怖を解消できるのだと無意識に思い込んでいるからなんだ。

だから気にしたくなる。支配したくなる。支配しなきゃいけないのだと駆られる。気にしてしまう。気にしなきゃいけない。気にすることをやめられない。

だからそんな自分を変えたくても、その恐怖が自分にせかすからそれに自分の心が屈してしまい、とても無理な話に感じてしまう。

「気にする」という感覚を自分の自然の感覚だと思っていることも多分ある。だからそれに違和感を抱くことはないし、それが自分を苦しめている要因であったとしても気づけない。自然な純粋な自分の欲求だけで欲しているかのように感じられているだけ。

でも本当は違うんだ。本当に心から素直で落ち着いた、一切の恐怖を感じていない健やかな自分だったらそんなことをしたいなんて思わない。感じない。駆られないんだ。

素直な自分で感じるそれは、そんな感覚とはまるで別物だ。もっとそれは気持ちよくて、すがすがしくて、何かに捕らわれてやっているなんて感覚は全くない。すべてから解放されていて、自分で自分を気持ちよく自然にコントロールできる状態でできることで、そこには何の恐怖も焦りも縛りもない。

その素直な自分でいさせない自身が抱いている何かに対する恐怖があるから、それをどうにかするために「気にしなきゃいけない」と感じてやってしまっている。恐怖の思い込みによって作られた欲求。その恐怖さえなければ「何かを気にしたくなる」という欲求はわいてくるはずがないんだ。

恐怖の認知を解消、捨てる

だからその恐怖、何をどう恐怖と思い込んでいるのかというその認知。

それを変えること、解消することが先決。そしてその認知が、他人に対する恐怖や外の何かに対する恐怖といった、「自分ではどうにもならないもの」に対してのものだったとしたら、

それを解決するには、それを恐怖であると思い込むことをやめ、支配することをやめ、

支配することをあきらめて野放しにし、自分から切り離して、ただの環境であると受け入れる。最初からそう存在し、自分はそれに何もできない、つまり干渉せずにそのままにしてそれを掌握したり自分の思い通りにしようとすることをあきらめる。

自分は何もそれらについて期待も支配もあきらめ、目の前の自分のことをやる、行動するということを受け入れる。

他人の気持ち。他人の評価、他人から見た自分

社会の評価、社会から見た自分、社会の動向。

経済の動向、社会情勢、最近大流行のコロナパンデミックなど、

様々な自分ではどうにもならない様々な「気にしていること」、気にすることでどうにかなると思っている、コントロールできると思い込んでいる自分の認知。それに対して恐怖を感じようとする自分の認知

そのすべてをあきらめ、外の彼らはすべて「そういうものである」ということを堰堤とし、切り離し、自分の目の前のことに集中することを始めるんだ。

気にするを捨てれば捨てるほど、「何かしたい」という欲求が自然に出てくる

「気にする」という認知が、自分のやる気や気力を奪い続けているだけ。

だからそれをやめていけばやめるほど、素直な自分に課している”枷”が外れていくことになるから、自然とやる気や気力に満ち溢れてくる。

本来はその感覚が自然にあるはずなんだ。健全な心で、何かを全く気にしていなければ、もっと元気に満ち溢れていてもっと人生は明るく見えているはずで、悩んでいる暇も悩みたいという欲求すらもわいてこない。

「気にする」で封じ込めてしまっている。無理やりやらせてしまっている。自分を縛り上げて動けなくしているだけなんだ。

気にするをやめるだけで気分はずっと楽にもなるし、生きづらさからも解放されるし、自分のやりたいことも素直にできるようになる。

だからもしそうなりたいとしたら、ぜひともそんな自分の「何かを気にする」という認知の正体を見て、それを捨ててみてほしいんだ。

少しでもいい。別に全部でなくてもいい。少しでも捨ててみると、少し楽になる。それを実感できるだけでも楽になる。ひょっとしたら全部捨てた方がいいかもしれないなんて思えるかもしれない。

そうしたらもう完全に自由だ。誰にも何にも心を縛られない、課されない、せかされない。

そしてその自由さえあれば、多少の外の不自由なんてのはほとんどきにならない。病は気からというように、自分の心さえ健常であれば、自分の幸福なんてどうにでもなってしまうんだ。



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自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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