自分を変える、洗脳を解くために実践したこと




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2020年04月25日~:
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私は約27年間の生きてきた承認欲求を原動力とした思想や行動を変えるために認知行動修正を行ってきましたが、その思考はほぼ洗脳というレベルに達しているような根の深いものでした。それを変えるのに少なくとも2年の時間を要したわけですが、今回は自身に刷り込まれた思考パターンの修正および適正について、どのように行ったのかを書きたいと思います。

①自分の普段の行動や思考を分析する

どこかでまとまった時間を作って振り返ってみるのもいいですが、私の場合はその場その場で気づいたことを分析していました。分析といっても長時間考え込むということではなくて、ハッとするという感覚が近いです。端的自分がその時に感じたことや、行動したことが、いったいどこからくるものなのかを感じ取り、それが些細なものであろうとその瞬間に思考して、多分原因はこれだとあたりをつけていきます。

②どのような結果に帰結していったか認識する

ある行動には大抵結果が伴います。自身の考え方を変えたい、洗脳を解きたいと考えている場合、変えるべきだと思っている対象の思考から生み出される行動は少なくとも本人にとって”失敗”という結果を生みだしていることが多いと思います。”こういう行動をしたから、こういう気持ちが邪魔をしたから、こんなことになった”というような、自身の問題としている性格や行動の動機が不利益なことにつながっていることを明確に認識し、自分自身の今の思考が本当に自分にとって価値あるものなのかについて再考します。そうすることで、自分にとって本当に価値あることは何なのかを考えられるようになっていきます。

③新しい価値観のモデルケースを考える

自分を変えたいといっても、ではどのように変わるのかを決めておかなければ変えようがありません。②の自信の問題を認識した上で、では今後の自分はどうあるべきなのかについて考えていきます。

ここで具体例を一つ

私の経験ベースで具体例を一つ挙げてみます。私は絵を描くのが趣味で今も続けています。当時の私は承認欲求に囚われていた身でしたので、絵を描く目的は自分の描いた絵を人に褒められたいから、認められたいからでした。そして、その時持っていた私の悩みは「絵を描くことが続かないこと」でした。

絵を描いていると、常にうまく描きたい、うまくなりたいという思考が付きまといます。これはほぼ無意識レベルでそれに気づくのには時間がかかりました。すぐに気付くことができたのは絵を描いている最中で「絵を描くのがいやになり描くのをやめた瞬間」でした。”なぜ嫌になってしまったんだろう?”その原因について分析をしていくとそれは、”どう描けばうまく描けるのかがわからない”というような壁にぶち当たったときでした。それも今の自分の技量では到底実現不可能な圧倒されるような高い壁です。圧倒的無力感にさいなまれ自己嫌悪に陥り、どれだけ描いたところで理想の絵を描けはしないと考えてしまい絵を描くのをやめてしまっていたのでした。

まとめると、「絵を描くことが続かないこと」の原因として「絵を描くことが嫌になってしまう瞬間がある」事に気づき、さらにその原因は「理想の上手い絵を描こうとしたが、実際の自分の技量との間にある高い壁に絶望したから」になります。やがてこれは、根本原因の「人に褒められたいからうまい絵を描こうとした」という原因にいきつくわけですが、一旦そこは省略します。ここまでが①になります。

では「絵を描くことが嫌になってしまう」ことで、一体どういう結果に帰結していったのかについて考えていきます。まず絵を描かなくなります。失敗を恐れるようになり、自信がなくなっていきます。そもそも絵をうまくなるには描くしかないわけですがこれでは矛盾していますね。ここで自分の今の行動や思考がもたらす結果が負の結果しかもたらしていないという事実に気づきます。「絵をうまく描きたい」という思考は最終的に、「絵を描くのをやめてしまう」、「自信を無くす」、「自己嫌悪に陥る」という結果をもたらしました。なんとも矛盾した歪な結果です。

どうしたらこの負のスパイラルを断ち切れるのか。絵を描く時の自分の在り方について、どうあるべきなのかについて考えます。まず問題となっている「上手い絵を描こうとする」ことをやめます。上手い絵を描かないということは下手な絵を描く、下手な絵を描いても構わないということになります。そうすると、ある不快感が沸き上がってきます。”嫌悪感”です。自分の理想と逆のことをしようとしていることに対する反応ですが、ではこの嫌悪感の正体はなんなのか。なぜ下手な絵を描くことに抵抗を感じるのかについて考えてみます。そうすると、下手な絵を描く人だと思われたくない、恥ずかしい、下手な絵には価値がないから、人に観てもらってもバカにされるだけだから、評価される絵はうまい絵だから、というようなそれまでに隠れていた自分が絵を描く本当の目的を反対にしたような理由が浮かび上がってきます。それは評価されたいという目的から裏打ちされているものであり、「人に褒められたいから上手い絵を描こうとした」という原因に行きつきます。

自分の描いた絵によって他者からの承認を得ようとする思考は、最終的に負の結果を生み出すということに気づきました。そんな結果しか生み出さない思考に一体どんな価値があるのかを考えてみれば、それが如何に非生産的で堕落的な思考であったかがわかります。自分の中で今までの自分の思考や価値観がまるで無価値だったことを認めるのは容易ではないかもしれませんが必要なことです。認めることで、それだけ新しい思考を受け入れやすくなります。ここまでが②になります。

では、これからの新しい思考をどうするのか。一体どんな考え方をもって今後絵を描いていけばいいのかについて考えます。まずは②までに気づいた「上手く描くことをやめる」「他人に評価されることをやめる」を実践することです。そしてもう一つ大事なのは「今を楽しむ方法」を考えること。絵であれば、絵を描いている瞬間を楽しむ方法を考えます。そもそも他人の評価を気にするというのは完成した絵に対する結果ばかりを追い求めており、絵を描いている今という瞬間を犠牲にする考え方なのですね。単に描いているだけで楽しいとか、自分の頭の中にあるイメージを表現できるのが楽しいとか、完成までにいろいろ思考錯誤していくのが楽しいとか、絵を描くうえで自分がその瞬間を楽しむための要素を発見していきます。これはいろいろと実際にやってみて気づいていくことが大事です。私はそうすることによって絵を描く目的が「承認欲求をみたす手段」から「単純な遊び、娯楽手段」に変わっていきました。今の私にとって絵を描くことはゲームで遊ぶ感覚とほとんど変わりません。絵を描く時間も以前の何倍にもなり、なにより絵を描くことをそのものを楽しむことができるようになりました。人間は目的が変わるだけでそれにかけることのできる労力も意識もまるで違ってきます。

自分自身にかけられた洗脳を解き、新しい思考、価値観に上書きしていくことで、自分を変えていくことができます。変わるべきところはどこか、何が原因で負の結果を生み出しているのか、どんな考え方をもてばより生産的な毎日を送れるのかを考えて実践していくことが大切です。



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元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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