うつ病でIT業界をやめて1年ニートしてみた話






2020年04月25日~:
現在メンタルヘルス系過去記事を順次全書き直し中です。
上記年月よりも古い記事は順次修正予定記事になります。

私が27歳の頃。この記事を書いている時点から約2年前のお話です。私はそのころ精神的に限界で重度のうつ病、不安障害、自律神経失調症を発症していて、日常生活にも完全に支障をきたしていました。不安障害と自律神経失調症による肩と背中の激しい痛みと頭痛でイカれる寸前で、逃げるようにしてやめていったわけですが、もうその時は地獄から天国にでも旅立とうとしているかのような気分でした。それでそのひどい痛みがきえることはなかったんですけど、とにかく会社という苦痛にまみれた世界から解放されたいと必死でした。わたしにとって会社や外の世界は地獄そのものでしたね。

何をやっていたの?

ニートの最初の3か月はなんにもしていなかったと思います。“外はこの世の地獄。家賃5万の狭いワンルームが唯一の私の居場所…!”なんて思っていたと思います。自宅からほとんど出ることはなく、食べたら寝て食べたら寝ての繰り返し。でも食べ物は消費されるものですから、買い出しだけは外出を余儀なくされました。一人暮らしなのでそこはやるしかなかった。体重がいっきに10kg近く増えて顔がパンパンになっていましたね。普通自分の姿って顔洗ったりするときに毎日鏡で見ていますから、少しづつ太っていってもなかなか気づかないものなんですが、この時は日に日に太っていくのがわかるくらいでした。髪はボサボサ、目も据わってて、その醜悪な姿はまるでパトカーに護送されていくときのカメラがとらえた容疑者ような風貌でした。醜く汚らしい。実家に帰省した時、親にもこわかったといわれるくらいでしたね。この時の私は完全に人間不信で、”この世のどこにも信じられる人間などいない、この世の人間は全て自分の敵なんだ”と思い込んでるくらいの激しい感情をもっていました。まぁ不思議と誰かを傷つけようと考えはしなかったのですが。一歩間違えたら本当に犯罪者になっていたのかもしれません。

3カ月たって、ようやく体を少し動かせるようになってきます。気が向いた時に散歩にでかけるくらいにはなっていました。人間不信が消えたというわけではないのでいつも深夜帯にフラフラ散歩していました。もう完全に不審者でした。それからもう少し経って今度は以前から興味のあった絵を描くことを始めたり、水平線から見える朝日の写真を撮りに早朝に自転車で港まで4時間かけていったりと、なんだかやたら行動的だったような気がします。写真撮ってた時後ろから現地のおじさんが不思議そうな顔で私のことを見ていましたね。やっぱり不審者全開だったんでしょうか。

こういう行動を起こしたのは多分、自分のやりたいことをやれば、このうつ病が、不安が、この背中と肩の痛みが頭痛がきっと消え去ってくれるだろうと、そんなことを期待していたからでした。結果としてはほとんど変わらなかったのですがね。今思えばそれって何か根拠があってやったのか?と疑問が感じるくらいに突拍子のないものだったんですが、どうしたらこの苦しみから、今の自分から「自由」になれるのかを必死で探していたような状態でしたから、そうしたんだと思います。

お金ってすぐなくなる

そんな貴族みたいな(うつ病で苦痛まみれだけど)生活も長くは続かず、約1年で貯金が底をつきます。ニート開始当初は貯金200万もあったんですが、それがたった1年でほぼ0になってしまいました。仕事をやめても税金の支払いは続くので、それで思ったよりもすぐになくなってしまったんですよね。とくに市民税は、前年の年収を元に算出されるので、残業まみれで死にかけていたころの給料が災いして、ニート期間に想定外な金額を払わざるをえませんでした。この時は国を呪いましたね。ふざけんなクソ税金泥棒共と。

1年たつのに全然体調よくなってないんだけど…

1年が経とうしてもまだ体の調子は良くなっていませんでした。1年もあればさすがに治るだろう…と甘い見通しでいた自分が愚かでした。私のうつ病は過労からくるものというよりは、私の今までの生き方や考え方が歪んだものであったことに起因するものでしたから、いくら休んだところで考え方を変えていかない限りは治るものではなかったのです。そんな時でしたね、「嫌われる勇気」を読んだのは。これを起点に自分を変えていこうと日々訓練をしていくことになります。

働かざるものなんとやら

体調はまだまだ全然不調であったものの、お金がなければ生きていけないのでアルバイトで社会復帰しようと思い立ち、自分を変えるためには過酷な環境で無理やり鍛えるしかないと考え、運送会社の積込のバイトをはじめることに決めました。これについての記事はまた今度詳しく書く予定ですが、実際、死ぬほど大変でした。もう罵倒なんて日常茶飯事ですよあの業界は。パワハラなんて日常です。あっちこちで怒鳴り声が聞こえてきますからね。

で、そんなアルバイト約半年ほど続けて、自分の考え方を変えていきながら、もうそろそろいいかなと、IT業界に戻って今に至ります。転職は対して吟味せず1カ月で終わってしまいましたが、割と満足しています。労働時間も短いし、こうしてブログを書ける時間もありますからね。ニートの1年は本当に好きなことしかやっていませんでしたね。その後のバイトの半年間も自由な時間はそれまでの会社員時代に比べれば死ぬほどあったので楽しくやってました。今思うと、もう少しあのバイトを続けてもよかったかなーと思い返すのですが、やっぱ労働環境がアレすぎたので辞め時だったと思っています。深夜勤務でしたし。やっぱりおひさまが見ている時間に起きていたいよね。あんな仕事を経験したおかげで、今は運送会社で働いている人達に頭が上がりません…あれをずっと続けてる人達はほんとすごいよ。

案外、人生の中で1年何もしない時間を作ってみるのも案外ありなのかもしれません。あるいはちょっと寄り道してみたりとか。今時はそれほど就職するのも難しくないようですし。時間を作ることで自分を変えるきっかけを作ることもできるかもしれません。

追記:2018/09/12

あれから色々と自身の認知の歪みに気づきまして、今ではうつ病は治りました。

治ったというよりは、「変わった」といった方がいいでしょうか。強烈な承認欲求をなくすことに成功して、今では健やかな毎日をおくっています。

やや冷たい朝の風を「気持ちいい」と素直に感じたのは、実に10年ぶりでした。世の中の全てが私を否定しているのではないかというくらいに灰色に見えていた景色が、今ではちゃんと色づいていて、今は生きる目的もちゃんと持っています。

やはり人間は変われるんですね。自分が変わりたいと考えて、実際にそれに向かって突き進み、行動し続けていればいつかはかなうものだ、ということがわかったのは、私の人生の中でとても貴重で、かけがえのない経験でした。

もしこの記事をお読みになられているかたがいらっしゃるのなら、自分がうつ病を治すまでに気づいたことをブログにまとめておりますので、何かの参考にしていただければと思います。

※ 中にはあまり触れて欲しくないようなことも書いてあるかもしれませんので、もし読んでいてつらくなったらすぐ閉じていただいて結構です。

脱:承認欲求
まるで個べりついた油汚れのごとく張り付いた承認欲求を落とすために気づいたことをまとめています。私のうつの根本原因はこれでした。

 

>うつ病治療
その他、自己流のうつ病治療や気づいたこと、認知の歪みの修正などについてまとめています。

うつは必ず治ります。時間はかかるかもしれませんが、いつかはきっと。ちなみに私は自己流の治療を始めてから約3年で治療できました。

今はつらいかもしれませんが、きっといつかその雲は晴れます。無理をしない範囲で一つずつコツコツと続けていくことがポイントです。それでは!



アドラーの心理学を論理的に実践

アドラー心理学は実践が難しいとされる心理学だといわれています。

管理人が実際にアドラーの教えをもとに実践した内容の記事を残しております。

孤独 認知論
私の「甘え」うつ病治療


私のうつ病の主原因は「甘え」だった。甘美に感じられた「甘え」が私を苦しめていました。

そんな私が自分の甘えから脱し、

精神の安定、自由をつかむためにやったことをまとめています。


孤独 認知論
承認欲求を捨てよう


承認欲求を捨てて「自分の人生」を生きよう


孤独 認知論
人間孤独論


「人は生まれた頃から死ぬ時まで孤独である」

それを論理的に考える記事です。


孤独 認知論
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遊んだゲームのレビュー、攻略情報などなど


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自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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