「ワナビー」になんかなったらアカン! 偶像崇拝は資本主義の罠だよ





ワナビーという単語をいまさらに知りました。なんかワサビみたい。

ワ~ナ~ビ~(オラサイト

…さてワナビーというのは、何かの特定の職業になりたいという願望をもつ人達を指す言葉で、蔑称として使われることが多いみたいですね。なんだか子供の頃を思い出します。子供の頃は”僕は大人になったら〇〇になるぞ~!”と、声盛んになりたいもの合戦を友達と繰り広げていたものです。サッカー選手、プロ野球選手、歌手、アイドル…昆虫博士というやつもいました。彼は面白いやつだったなぁ。

この言葉が蔑称として使われているのはもう大人に近い年齢になって現実も見えているはずなのに、そんな小さな子供の頃と同じようなことを言っているから、精神的に未熟であるとさげすまれているというのが、その正体でしょう。

憧れ

ワナビーの「なりたい」、「なろう」としているその対象は多くの人から憧れをもたれやすい職業であることが多いようです。例えば歌手、ミュージシャン、漫画家。起業家もかな?最近はyoutuberもそうでしょうかね。こういう職業はたくさんの人にチヤホヤされるだとか、お金もちになれるとか、そういった華やかなイメージが先行しているので、それに憧れているだけだと思われます。

職業とは

職業とは、ある生業について簡潔に説明、意思伝達を行うための一種のラベル、肩書です。歌手や漫画家はそのイメージから、普通の職業とは違うという印象を持ちがちですが、職業としての本質はどれも同じで、お金を稼ぐためのただの生業なのです。例えば漫画家であれば、原稿を描いて出版社に持ち込み、原稿料や賞によるお金、週刊誌なり単行本なり本として発行してもらって、お客さんに買ってもらうことで得られる印税などで生計を立てていますね。それについてくるファンや名声というものは副産物であって、職業の本質的な目的とは違うものです。

“いやいや俺は、私は金のためだけでそれを目指してるんじゃない。自分の表現を世間に認めさせてやるんだ、それが本当の表現者だ、商業〇〇なんかとは違うぞ!”と思われる方がいるかもしれません。実際そうやって売れる人もいるのかもしれませんが、結局のところはそれを気に入った誰かがたまたまそれだけたくさんいてくれたというだけのことで、結果的に「誰かが欲しいと思うもの」を作ったということと同じです。逆に作った本人がそれをどんなに素晴らしいものだと、会心の出来だと思っていたとしてもお金を払ってでも欲しがる人がいなければ成り立たず、アマチュアの域を出ません。プロとアマチュアの違いとはこういうところにあると思うんですよね

労働者が仕事をするように、芸術家も仕事をするべきだ ピカソ

ワナビーという人達の中にはこの、需要と供給によって成り立っている職業の前提を無視して、自分があこがれる特定の職業を神格化、偶像化し(それも妄想によって)、(そんな妄想を元に)自分もあんな風になりたいと考えて目指している殻なんじゃないかなぁと思うのです。自分の作ったものを売り込んで生計を立てていこうというような、生々しく現実的な目的から来ているのではなくて、ただ誰かに、世間に尊敬されたい、承認されたいというものです。そういう人は、例えば他人のある創作物を手に取った時、「面白い」、「楽しい」、あるいは「面白くない」というような創作物そのものに触れて楽しもうとするよりも、「これだけの多くの人に認められているこの作品はすごい」とか、「なんでこんな作品が世間で評価されてるのか理解できない」とか、「俺の方がもっと面白く作れる、俺だったらこう作る」とか、何かとその作品が世間からどう見られているのかを気にしたり、その作品を下げて自分の社会的価値を相対的に上げようとする(実際には何も変わらない)傾向もあります。

ワナビーのなりたい、なろうという目的、気持ちと、その職業の本質、実態には大きなズレがあるように思います。夢がかなうのかどうかについてはわかりませんが、少なくともそんな意識でずっとやっていけるようなものではないだろうと個人的には思います。会社勤めよりもずっと安定しないですし、自営業みたいなものですから相当大変なものでしょう。絵を描くこととかその仕事そのものが大好きで、四六時中やっていないとたまらない中毒みたいなタイプの人だとか、淡々と目の前のやるべきことを考え、それに打ち込み続けることができるような精神の持ち主でもない限りは難しいように思います。趣味の範囲で遊んでいた方がずっと幸せだった、なんてケースもあるんだろうなぁ。まぁ私なんかには縁のない話なんですがねヽ( ´ー`)ノ

偶像崇拝はやめた方がいいよ

日本ってズブズブの偶像崇拝国家だと思うんですよね。神道っていうこの世に存在するもの全てに神が宿ると考える信仰が根底にありますし。ユダヤ教のヤハウェのように、「存在しないけど存在する神」みたいな考え方でなくて、現実に見える物体に神が宿ると考えている。

「ふしぎなキリスト教」という本で呼んだんですが、「偶像崇拝の危険なところは自分達人間の手で作り出したものを神とあがめてしまうこと」とあったんですよ。人間の本来の価値は物ではなくそれを生み出す労働、行動に本当の価値があるのに、それを見えなくしてしまうことが資本主義社会の欠点なんです。

つまり、例えば漫画家という職業の本当に価値があることは、名作と呼ばれる漫画を描いたという事実でも売れっ子でチヤホヤされる地位でもなくて、「漫画を描く」というたった一つのシンプルな行動にこそ、本当の価値があるということなんですよね。ミュージシャンなら歌を歌って誰かにきかせるとかね。人とか職業とか、そういったものそのものに価値を見出すのは、偶像崇拝になってしまい、このような勘違いを生み出しやすいので危険だということなんですよね。

まぁつまりなりたいとかどうとかいう以前に、自分が何を他人に与えるかを考えてただ行動することだけ考えればいいということなんですね。漫画家とかミュージシャンとかそういった「形」は誰かが勝手にそういうことをする人をそう呼んでいるだけにすぎないのですよ。

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