自分のことを本当に自由な人間だと思うか? 元うつ病患者の私が考える本当の自由





現代社会における人々が求める自由とはこんな感じのことだと私は思っています。

・会社にきまった時間に”いかなくてもいい”

・好きな時間”働いていい”

・自分の好きなことを”やってもいい”

です。日本人の自由とは常に”許可制”なのですよ。他にも嫌われても”いい”とか。身近な自由を連想する言葉を探してみると、そういう傾向があちこちに転がっていることに気づきます。

少し話は変わりますが、日本人の多くは個々のアイデンティティが低く、ゆえに1人1人の人間を”1個人”として認める文化はほぼ無いと言って良いと思います。個人ではなく“日本人”として、ある一定の基準を満たしているかどうかでその価値を判断し、優秀であるか劣っているかという見方をします。かなり社会主義的価値観ですよ。民主国家なのに。ここ最近の目覚しい科学技術の発達でハイテク化していく日本はまさに文明社会の中で生きているようですが、個人がもつ文明レベルは他の諸外国に大きく劣っていると思います。ちなみにアイデンティティの低さは社会的な地位における優劣さを計るものではありません。一人の人間として、どれだけ自立できているかどうかという話になります。

そういう個人の意思の弱さ、希薄さが上記のような許可制の自由という発想につながっていくのだと私は思っています。自分で自分の行動の正当性を決められないから、それを他人や社会にゆだねようとするのです。日本人独特のものじゃないでしょうか?

自由というのは誰かに許可されることによって得られるものではなく、自分の手で作り出すもの、もっと独立的なものだと思うのです。例えば上記の許可云々の話は、言い換えるなら社会や他人にコントロールされて行動を起こしているということになり、その思考そのものが既に自由ではなく、たとえそれによって束の間の”自由”を得たとしても、精神的には以前として鎖に繋がれたままです。ムチで叩かれることになればたちまち萎縮しいいなりになってしまうでしょう。他者の承認に縛られ続ける限り、そこに自由はありません。

自由は本当の意味の責任をもつことになる

自由な行動というのは、それによって得られる様々な事象の責任について、全て自分自身で負う覚悟が必要なのです。それは以下のような結果も覚悟しなければならないということになります。

・他者から批判される

・他者から嫌われる

・孤独になる

自由を行使することによって、自分の思ったことを自由に主張できたり、自分の時間を作ることができたり、付き合う人間を選ぶことができたり、自分がすべきだと思うことに時間を使うことができるようになりえますが、その反面、上記のようなことについても受け入れる覚悟が必要なんです。例えば正社員として働いていた人が突然自分の時間がもっとほしいと、会社をやめて非正規雇用の仕事に変わった場合、まず世間体というものが変わってきます。結婚していればその家族の反応も。世間から冷たい目で見られたり、家族仲に問題が発生するかもしれません。その覚悟ができるか、ということです。

SNSで自分の自由を自ら縛る

若い世代はSNSを利用するのがほぼ当たり前になっています。SNSは他人と手軽につながることができるツールではありますが、その反面でその手軽さがお互いを”監視”しあうことのできるツールとしても機能してしまっている現実があり、日本の同調圧力も相まってさらに拍車をかけています。自分と価値観の違うことをやる人がいると、それは違うぞと糾弾し、自分にとって都合のいい価値観を相手に植え付けようとすることによって、自身の孤独感をまぎわらそうとします。こうしてしまうのはやはりアイデンティティの低さが根本にあって、他人を巻き込むことで自分の価値観の正当性を証明しようとするからです。
SNSは人の弱さを助長するものであるとも思っています。人間は集団の中にいればいるほど、自分で考えることを放棄します。その集団の中で形成されるルールに従って生きていればいいからです。自分を肯定してくれる人だけで自分を囲い、それ以外を寄せ付けなくなると、外からの否定や孤独に弱くなっていき、どんどん人間として弱くなっていきます。SNSは利用の仕方によっては非常に危険なものでもあります。

おそらく現代人は本当の意味の自由に値する人々はごくわずかでしょう。日本人における本当の自由を手にしている人は、多くの人から”変人”扱いされている人ばかりでしょうから。自分そのものをなんの保証もなく肯定し、毎日精力的に活動できる人はどれくらいいるでしょうか?いつも誰かのせいにして物事から逃げたり、責任を放棄して楽な方へ楽な方へと逃げ続ける人の方が多いんじゃないでしょうか。

もし本当の自由を手にしたいとすると、それはもう自分を変えていくしかないんですよね。周りから嫌われようとどう思われようと関係ない、周りがどうだろうと関係なく自分を肯定できる思考が必要だと思います。

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元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

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