この世に”特別な人間”なんて誰一人存在しない






2020年04月25日~:
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特別でありたいという欲求。それはまるで全ての人々が自分を認めてくれるというような、漫画の世界の主人公のような姿です。こういう欲求を持つ人は結構多いみたいで、そうなるための手段として有名人になるために特殊な職業を目指すことが多いようです。

しかし、大抵は中々思い通りにはいかないもの。どんなにがんばっても成果がでなかったり、失敗続きで思い通りにいかない日々が続くこともあれば、無力感にさいなまれて燃え尽きてしまい、人生に疲れてしまうこともあるでしょう。

こうなるのはその理想の結果を得るのに自分でも気が付かないくらいに必死になっているからなんですが、そうなってしまった時こそ一度立ち止まって、それが今の自分を見つめ直すいい機会になるかもしれません。

本当は自分は何者でもない

「自分は他人とは違う」

「自分は特別だ」

「自分は何かをもっている」

「自分はなにかを成し遂げられる人物だ」

自分のことをこう思っている人は世の中少なくないと思っています。特に何らかの夢を持っている人とか。成果を出すために日々努力し続けているような人達だと思います。

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ですが、はっきりいってそんな、”他とは違う特別な存在”なんて人間はどれだけ優れた人間であろうと、この世に一人もいません。能力の有無だとか、程度の高さだったりとかは、比べてみれば差はあるものの、所詮は人間のできる範疇の話なのでどんぐりの背比べでしかないのです。たとえ羽が生えて飛ぶことのできる人間がいたとしてもそれは変わりません。

スポーツ選手や、芸能人、クリエイターなどの”有名人”、人類の歴史上で偉業を成し遂げた”偉人”などの著名人は普通の人とは違うのではないか?特別な存在なのではないか?と思うかもしれませんが、確かに彼らは多くの人間の中でも何かの能力に秀でていたり、人間社会に大きく貢献したり、ユニークな存在であったりすることはありますが、それに価値を見出しているのは本人以外の周りにいる人間です。もっと言えば周りの人にとってその人に価値があると思いたいから価値があるとしていると言った方がいいでしょうか。つまり本人に絶対的な揺るがない価値があるわけではなく、常に周りにいる人間がその価値を決定していて、それに依存したものであるということです。井の中の蛙なんとやらと似たようなものです。有名人などがそうみえてしまうのは一種のハロー効果であると私は思います。

例を挙げてみます。ゴッホなんかはいい例でしょう。ゴッホは存命中は全く評価されることのなかった画家です。彼が亡くなってから彼の絵を評価する、価値があるとする人達が現れ、一躍有名な画家に数えられるようになりました。なんとも勝手な話ですが、人間というのは所詮その程度なのです。皆自分の都合のいいように作品を評価しているだけにすぎず、そういったものによって”有名”になっていきます。

著名人にだけにあてはまることではなく、こういうことは日常にもあらゆるところに当たり前のように点在しています。例えばあなたが家族や友人を大事に思うのは、その人達が自分にとって価値があるからです。しかし彼らを知らない人間、例えば私にとってのその彼らは、そもそも存在そのものもを知らないわけで、無価値な存在になります。クラスで一番の人気者も、全ての人に好かれるかと言えばそうでないのと同じで、観測者によって対象の価値は全く異なってくるのです。

特別であろうとすること自体、滑稽なこと

世の中で価値があるとされているもの。それは自分にとって本当に価値があるものでしょうか?世の中の多くの人が価値があると言っているから価値があるものなんだと、ぼんやり考えてはいないでしょうか。

大事なもの、大事なこと言われているものについて、それは自分にとって本当に大事なものなのでしょうか。自分について考えれば考えるほど自分の持っている価値観や思考、考え方が自分自身の手で作りあげたものではなく、社会によってある種植え付けられた価値観であることに気づきます。まぁちょっと、”植え付けられた”というのはアドラー心理学的には少々誤りですけど。

世の中にはいろんなモノがあふれています。そのモノを売り込むために、それに関係している人達がいろんな手段を使って売り込みをかけ、”価値があるものである”と宣伝し、それを受け入れる人がいる。そんな結果が今の世の中の価値観を作っています。芸能人だから価値のある人、スポーツ選手だから価値のある人…ミュージシャンだから…本当にそうでしょうか?彼らも結局はただの人間です。一度冷静になって、世の中が決めた価値観の偏見に囚われずに考えてみれば、本当に自分にとって価値があるものなんてものは自分の手が届く範囲のものでしかないことに気づきます。

物の価値の正体に気付くと、特別でありたいなどとは考えなくなり、もっと気楽に物事を考えられるようになります。そもそもの話、疲れるんですよこういう考え方は。それも無駄に。自分がすべきことについても、もっとはっきりしてくるはずです。自分の頭でしっかりと考えることによって自分の価値観を正し、自分のペースで無理をせずに生きることができるようになります。



アドラーの心理学を論理的に実践

アドラー心理学は実践が難しいとされる心理学だといわれています。

管理人が実際にアドラーの教えをもとに実践した内容の記事を残しております。

孤独 認知論
私の「甘え」うつ病治療


私のうつ病の主原因は「甘え」だった。甘美に感じられた「甘え」が私を苦しめていました。

そんな私が自分の甘えから脱し、

精神の安定、自由をつかむためにやったことをまとめています。


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承認欲求を捨てて「自分の人生」を生きよう


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「人は生まれた頃から死ぬ時まで孤独である」

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遊んだゲームのレビュー、攻略情報などなど


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Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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