自己評価の低さは一種の現実逃避である






2020年04月25日~:
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低い自己評価の発生源を知り、分析する

私は自己を低く評価することを、一種の現実逃避だと考えています。

自分を低く見積もることよって、今現在の”ダメな自分”を”肯定”しようとする心の動きによるものです。人間の行動には全て目的がともなっており、たとえそれが自己否定であったとしてもそれは全て自分のために心の奥底で欲しがっている何かを得るために行っていることです。この思考の原因は、認知のゆがみが関係していると思われます。

なぜ自己否定をしてしまうのかについて、自分自身の思考を分析してみましょう。自己否定することによって自分は何を得ているのかを明確にすると、その目的が見えてきます。

他人との比較をやめる

私の経験ですと、自己評価の低さに苦しむ原因は自分の価値観を社会的な自分の立ち位置で決めようとする欲求にあるといううケースがありました。例えば「仕事ができる」という評価には他人との比較によるニュアンスが含まれていることが多くあります。仕事ができるとはどういうことなのかを少し具体的に考えてみると、

・仕事が早い

・正確、ミスがない

・品質が高い

・売上高が高い

といった感じになります。

さて上記の中に出てきた「早い」、「高い」について考えてみます。これらは比較する対象がなければ成立しない言葉です。「早い」ということはそれよりも「遅い」対象という比較対象が必要になるからです。では、一体何と比較してそう評しているのかというと、それは評価対象者以外の誰か、他人です。例えば「君はあの人よりも仕事が早い、遅い」というような感じですね。

単に「仕事ができる」と何かと比較することなく評するように見える場合のものもありますが、それもそう評した人の頭の中で自身の経験や記憶の中からいままで見てきたいろんな人の仕事の程度の平均値を割り出して、それよりも仕事ができると評しているにすぎず、同じく人と比べているということになります。こういった人と人を比べて評価をくだす、価値観を見出すという考え方をする癖をなくしていくのです。

欠点を欠点と思わず、単なる特徴として認識する

欠点というのは、ある物事を遂行する上でマイナスとなりうる要素です。例えば野球選手の場合、バッティングは上手でホームランを連発するが、守備はちょっとしたフライでも落としてしまうくらい下手という実力の選手がいた場合、その選手の欠点は”守備力”とすることができます。

しかしそれはあくまで野球をしている時の、さらに言えば守備を担当していて、かつボールが飛んできた時の彼に限ります。攻撃側になったり、試合が終わってグラウンドを出てしまえばもうその欠点は関係ありません。彼の欠点はその場以外では欠点ではなくなるのです。欠点や利点というのは結局のところはその人のいる場所、周りにいる他の人達などの環境に依存するものであって、本質的なその人の価値を指すものではないんです。あらゆる”価値”というものは人間が作り出した概念であり、何かとの比較で成り立っています。何事にも揺らぐことのない本質的な価値というものはこの世のどこにもありません。欠点に苦しむ人というのは真面目なのか、その欠点で真面目に勝負しようとする傾向があるように思われます。自分自身が成長したいからという目的があるればそれは別ですが、そうでなければわざわざ不利な特徴をつかって仕事や社会に貢献しようとする必要はありません。得意なバッティングで貢献すればいい。自分がもつ特徴でどんなことができるかを考えて行動することが大事です。それによって自分にとって相応しい場所を見つけることができると思います。

少しづつできることを増やしていく。

他人との比較をやめることができれば、比較対象は今の自分だけになります。今の自分には何ができるのか、何をやりたいのか、何をできるようになりたいのか。それだけを考えて日々自分のできること、やりたいことに取り組んでいきます。そうすると少しづつ自分のできることが増えていきます。自分のペースで成長をし続けましょう。周りは関係ありません。たとえそれでも自分が回りに比べて劣っていようがどうだろうが関係ありません。他人と比較する癖をやめない限り自己評価の低さは永遠に付きまといます。

今自分ができることで貢献する

今の自分が到底できないようなことをやろうとして貢献しようとすると大抵失敗に終わります。自分だけならいいですが他人まで巻き込んでしまうようなことは避けるべきですし、背伸びは禁物です。背伸びしてしまったり、焦りを感じてしまう事自体、まだまだ他人との比較の癖が抜けていない証拠なので、そういう矛盾した自分の気持ちに気づきながら自分のペースで貢献できるように起動修正していきましょう。

まとめると、人と自分を比べるという思考が自己評価の低さにつながっているので、それをやめて自分のできることやしたいことについて取り組み、自分の特徴もって誰かに、社会に貢献することに価値を見出すようになるように生きる目的を変えていこうということです。こうすることによって、下記のようなことができるようになることも期待できます。

・自分で考える力がつく

・自分の人生を生きることができるようになる

・日々充実感を得られる

他にもいろいろありそうですが、とりあえずこのくらいでしょうか。人生は死ぬまでの暇潰し。こうして今は生きていても人間はいつか必ず死ぬ時が来ます。そう考えてみると苦痛を感じて生きる人生なんてもったいないと思いませんか?世間では我慢を強いる風潮が根強いですが、そんな世間の考えに流されず、自分の頭で考え、自分の生きたいように生きるのが最も幸せなのだと私は思います。



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Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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