大事なのは「正しいか間違っているか」じゃなくて、「好きか嫌いか」でしょ?





ある何かについて不快感を示す場合、人はそれを拒絶するために意思表示を行うことがありますが、その手段は大きく分けて二つあります。

・嫌いだと主張する

・いけないこと、間違いであると主張する

両者はよく似ていますがある点では全く異なる意図を含んでいます。

好きか嫌いかは個人の問題である

自分の考えや趣向が相手と合わないことを訴えることによって、どう関わるかを考えたり相手にどうしてほしいかなど交渉したりします。

嫌いという表現は相手の存在を認めた上で、自分は不快感を感じるから関わりたくない、やめてほしいという意思表示というだけでのもので、相手を否定しているわけではないところがポイントです。まぁこの辺りは受け取り手によって変わることもありますが…

またこれは本人と相手だけの範囲に収まる問題となり、非常にシンプルに解決します。相手が態度を改めてくれるならそれで解決ですし、無理なら今後の付き合いを改めるか、全くつき合わないという選択をするだけだからです。

相手への否定は多くの人間を巻き込む

状況にもよるのですが、何かを咎めるような「これはいけないことだ」という主張は宗教的価値観などを背景に、時には当事者以外の周りにいる他の人間を巻き込んで相手の行為を糾弾する姿勢を取ります。要は「みんなもそう言ってるんだからやめろ」というようなものです。

元々この世には正しいことも間違っていることも何一つないのが原則なのですが、宗教的価値観によって、こうあってこそ正しい人間であり、そうでなければ人間たりえないという価値観が存在している現実があります。

相手の行為そのものの否定はその相手自身が持つ宗教的価値観を否定することに繋がりやすく、全く関係ない人間も巻き込んで大勢の人間がこれは正しい、これは間違っていると主張し始めドンドン広がり収集がつかなくなっていきます。やがて関係ない人間同士でも主張が衝突し始め、全く関係ないところで否定合戦が繰り広げられていきます。まさに負の連鎖です。Twitterの炎上とかなんかはわかりやすい例でしょう。

宗教間の戦争が起きやすいのはこういう人間の習性をうまく利用する国を動かす人達の存在と、実際に利用される人々が多いからだと思います。民意を動かしその気にさせるのがうまいんですよね彼らは。

否定は宗教的な社会主義的な考え方であり、個人の好き嫌いは自由主義的な考え方である

相手への否定は否定によって相手を思想的な部分から屈服させ自分の思想に染め上げようとする、思想統一が目的にあると思います。統一された思想のもとに社会を構築しようとするのはまさに社会主義的思考であり、自由主義とは対極にあるように思います。

否定したい欲求が出てくる理由は孤独に対する恐怖心からでもあります。自分と違う価値観と相対することによって、自身が否定され周りから孤立してまうことを恐れ、相手を脅威として認識するためです。

好き嫌いによる判断は全て個人の趣向による判断となるため、後ろ盾もなく否定側に比べると圧倒的に孤独ですが圧倒的に自由でもあります

日本は民主主義を掲げる自由な国としてふるまってはいますが、国民の思想の本質はかなり社会主義的です。実際日本のそれはかつて日本型社会民主主義と呼ばれていて、世界でもっとも成功した社会主義国家だと言われていたこともあり、その名残は現在も残っています。日本人で本当の自由を満喫している日本人はほとんどいないといっていい。嫌われることを恐れ、自分が本当に言いたいことを隠して当たり障りのないことばかり言うことしかできずただただ自由を食いつぶしている。そういえばメタルギアソリッド2というゲームでまさにこのような事を危惧するかのようなセリフがありました。SNSもなかったあの時代からすでにこのようなことを考えていたなんてすごい話です。

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世界のデジタル化は、人の弱さを助長し、それぞれだけに都合の良い「真実」の生成を加速している。社会に満ちる「真実」の山を見てみるがいい・・・・・・

https://matome.naver.jp/odai/2140360689261030501?page=3

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好き嫌いで物事の価値観を判断することができるようになれば、行動も意識も自由になります。縛るのは自分の道徳心くらいでしょう。気に入らないのなら嫌いになってそれで終わり。好きならお互いにいい関係を築けるように取り組む。シンプルですし余計なストレスもありません。

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約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

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