人がそれぞれ違うのはごく当たり前のこと。考え方等細かい思考に至るまで全然違う





ひょっとして人間は思考している事柄だけじゃなくて、思考パターンとか思考するポイントとか何から何まで違うんじゃないだろうかと最近思うようになりました。

例えば、物事の表面のみをとらえる人と、その内面をとらえる人、はそれぞれ思考パターンが違うと思います。思考パターンが、これ以外にも自分が知りえないような様々なものが各個人レベルで存在していると仮定したら、それが「考え方が違う」の正体で、そのわかりやすい例の一つがアスペルガー症候群とか、高度自閉所と言われる人なんじゃないだろうか?と。

もっと注意してみればその他大勢の「普通」に見える人達ですら、その一人ひとりにフォーカスしてみると、様々な違いが見つかるのではないだろうか…?

例えば、説明したことを全然覚えてくれない部下、というのは物の覚え方のプロセスに特徴的な違いがあって、よく言われる理由のやる気がないからとか、集中力がないからという理由ではないのかもしれない。

他人に何かを説明して、おそらくあまり理解してくれていないことを相手の態度や言動、仕事の内容から感じ取れた時、「なぜ理解してもらえなかったのだろう?」と考えた時、それは自分の説明が悪かった、足りなかった以外にも、説明の内容が多くの人にとってどれほどわかりやすいものであったとしても、その相手の思考パターンではほとんど理解することができなかった、つまり説明に対してそれを理解する適性がなかったという理由もあるのかもしれない。

となれば説明する方法を変えていくことでその人にあった説明の仕方を見つけ出すことができるのかもしれない。実際、アスペルガー症候群の人は言われたことをそのまま受け取るという特徴があって(個人差はあるだろうが)、それが彼らの思考パターンであるなら、一字一句暈さず簡潔にそのまま説明することでより意思疎通しやすくできる。

私はこのブログで認知修正に関連する記事を多く書いているのですが、私は無意識に「人は他人の考えていることは本質的に理解できないが、思考パターンは同じである」という前提があったような気がしています。自分がこういう記事を書いたら、自分が想定した形で読み手は解釈してくれるだろうと、無意識のうちに決め付けていた。しかし現実は違ったのです。

実際の所は、「人は他人の考えていることは本質的に理解することは不可能で、かつ考えている事柄だけではなく思考パターンまでも理解することはできず、かつ個人間で全く異なる」というのがより正解に近いのではないだろうかと。

となると、そもそもの話「他人に理解」を求めるということ自体本質的に不可能なんじゃないだろうかと思うのです(それ自体すべきでないということを別の記事で書いているのですがそもそものお話として)。

相手は自分と違う思考パターンを持っていて、その思考をもって自分の伝えたかったことを解釈する。

その解釈した結果が自分の想定した解釈とは異なっていてもそれはむしろ当然の結果なのだろうと。むしろ、自分と全く同じ解釈の仕方をできる他人なんて存在しないのではないかと。類似する思考パターンをもっていて、近い解釈をすることは出来ると思いますが、それでも全く同じ解釈は不可能だろうと。

別に自分が特別何かだとか、そういう訳ではなく、全ての人々皆がそうなのだと思います。ここはある意味人間として数少ない平等な部分なのだと思います。

プログラムの話で例えるなら、自分が伝えたいなにかを「プログラムコード」としたら、それを伝える対象一人一人が「全く構造の違うコンパイラ」、という感じでしょうか。解釈ルールからなにからなにまで違っていて、しかしエラーにはならず独自の解釈で実行し結果を吐き出す、みたいな。

この思考パターンの違いはコミュニケーションの部分だけに現れるだけではなくて、もっと様々な部分に現れてくるんじゃないだろうかと思う。

性格、思想、宗教観、価値観、道徳観、感受性、行動目的…そういった様々なステータスに影響を及ぼしているのではないだろうかと。だとすれば、この世に自分と全く同じ思想や価値観、考え方をもつ人間なぞ一人も存在しないと考えたほうがずっと確立が高い。

やはり、人間は本質的に孤独なのだと思います。人間と人間の心理的距離はそれがどんなに近しい存在であったとしても、実際には相当な距離が間にあるのかしれない。

だから人と他人の領域を見誤ってはだめなのんですね。1人の人間ができることは「何かを誰かに与えること」でしかない。相手から何かをもらえるか、どんなものが与えられるのかは、相手の「何かを誰かに与えること」で、自分の領域ではない、自分ではどうにもならない部分であると。ここをごっちゃにすると多くの苦痛を伴うことになるかもしれません。

場合によっては他者の奴隷と化してしまうのでしょう。相手の「何かを誰かに与えること」を過剰に期待して、自分の与えるものをそれに最適化するがために。自由な人生を送るには、この線引きが重要なんですね。

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