[再編集]今の日本がハラスメントだらけな理由





なんだか最近いろんな〇〇ハラスメントなんてものを聞くなぁと思いまして。パワハラやセクハラは既に言われて久しいですが、相手に自分の思うモラルを押し付けるモラハラ、男性、女性はこうあるべきであるという価値観を押し付けるジェンダーハラスメントなど、いろんなハラスメントが聞かれるようになってきましたよね。

調べてみたらその種類はなんと30種類を超えるみたいです。多すぎやしませんかね…まだまだ増えるんでしょうか?

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めんどうくさい

そんなご時世の中で日々生きていると「生きづらい世の中になったもんだなぁ」なんてぼやきたくなる人もいると思います。

これはハラスメントをされる側はもちろんですが、無意識的にハラスメントをしてしまったか、自分が普通だと思っていたことがハラスメントだった、自分がやろうとしていることはなんらかのハラスメントに該当するんじゃないか、なんていうような、してしまった側も含むと思います。

この様々なハラスメントであるという主張も確かに一つ一つは正しいんですよね。みな自分の真実を語っているのですが、それが全員の真実とは限らないわけで、多少ならある程度は許容できるものの、あまりにもハラスメントが多すぎて人々の行動に自由が利かなくなってきているようにも見えるんですよね

価値観が多様化してきたのに、個を認める考えが定着していない

この多彩のハラスメントが出てきた背景にはおそらく昔に比べて価値観が多様化したことが背景にあると思うんですよね。

働き方にしても私生活にしても、今では各個人にあったライフスタイルをもつことが普通になってきています。

しかし、そういった「人と人は違うよ」、という個という存在を認めるという考え方が社会のコモンセンスになっているかと言えば多分そんなことは全然なくて、こうして自分の主張に同意を求めることだけが目的のものが多いあたり、自分の主張を自分で肯定できていないことが伺えます。

これは、昔からあるような大多数の意向に沿わない出る杭は打つっていう考え方が根底にある日本で育つことによって、周りに合わせなければいけないという意識が働き、

結果自分の主張を自分で肯定することができなくなってしまう、人々が「人と人は違う」ことを受け入れることができていないことが大きな要因だと思うのですね。

私はこれを単に、「そういう社会が悪い」ということにしたいとは思っていません。この問題の本質的な要因は自分たち一人一人が自分がその「出る杭」になることを恐れていることが根本的な原因なんじゃないかと思うのです。昔に比べ価値観が変わってきた今の時代では、これを恐れる考え方は、もうふさわしくないのではないのかと思い始めてきました。

「個を認める」とは

「個を認める」というのは相手のことを肯定的に認めるということではなくて、周りと違う自分のことを認める事と言った方がより適切だと思います。

自分の行動や意思、価値観、決定を自分で自信をもって行動することができていれば、人に同意を求める必要はないと思うのです。単に問題解決に向けて行動しようとするんじゃないでしょうか

自己肯定することができず、SNSとかを使って、「こういうことがあったけどこれって〇〇ハラだよね~!」と、自分と似たような考えの人を集めて支持を集めるだけで、そこで終わってしまう。

解決に動くのではなくて共感を得ようとするだけに留まってしまう。さらにSNSでは簡単にこういった個人の考えが広まって、かつたくさんの支持を得ているということが「いいね!」という数値として現れてくるので、人々の意識に働きかける強い権力のようなものをともなった真実達が、こうして日々量産され続けているのだと思います。

しかし、これではいつまでたっても自分と他人が違うということ、自分という個を認められず、そんな弱さを緩いつながりの仲間同士で適当にごまかし合いながら、各個人が生み出したありとあらゆる力を持った真実達が山のように積もっていき、やがてそれが発信者達自身にすらも押しつぶしてしまうような怪物になってきているのではないかと思うと、ちょっとそれが怖いのです。

世の中が色んな誰かの真実だらけになって人々が窒息しはじめ、まるでお互いがお互いの首を絞めあうような社会。お互いがお互いを監視し、やがて誰も自分のしたいことができなくなるではないかと。なんて、まぁ極端な話ですが、これって一種のディストピアですよね。

なんだかブラックミラーの話にでてきそう。あ、そういえばありました。Season3 ep1 「ランク社会」。まさにピッタリなお話ではないですかね。

というか日本はあの話に出てくる評価システムの助けがなくてもあれをリアルでやってしまっていたのですよね。ひょっとすると今もなのか。恐ろしい話だ。

確実に集団主義から個人主義に変化してきている日本社会の価値観

多分今の日本における時代はその価値観の変化の過度期にあって、まさに変わり目なんでしょうね。

元々集団主義的で周りに合わせて行動することが普通のことだった日本人にとって、個をもつということ、つまり、それからはみ出すということ自体非常に難しい。人目をすごく気にしていて、人と違うことをすることがそもそも難しい環境ですもんね。

日本にきた外国人に対するインタビューとかにもそれは伺えて、「日本人や日本のことをどう思っているのか」というものがよく目立ちます。

相当な数の日本人が他者からの承認に頼ってしまっているような生活をしているんではないでしょうか。だから、これからは各個人が自身の価値観や考え方、自分という存在について自分で肯定する事ができるようになることにあると思うのです。

嫌われるのは悪い事?

自己承認が必要になってきた

このような真実だらけの世界を精神的に健康的に生きていくためには、何が正しくて何が間違っているのか自分で選び、自分で肯定することができる「自己承認」が必要になってきたように思います。

「個を認める」、つまり自分と他人は違って当然である、違うという事を前提に物事を考えていく必要が出てきたのではないかと思うのです。価値観の違う人達と相対した時でも己を見失わず、自分の目的のために行動、考えることができることが現代社会に必要とされる新しい価値観、考え方なのではないかと思います。

あるいは…大佐に真実を選定してもらって管理してもらいますかね?らりるれろ!らりるれろ!(04:09あたりから

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