被害妄想をやめる方法:妄想世界から脱出する





妄想によって構築された世界観

普段の何気ない意識において、現実を直視できている状態は全体の何割くらいなのでしょうか。多くの現代人において”妄想”は、切っても切り離せないほどに実は身近なんじゃないだろうかと最近よく思うのです。それは他人に自分がどう思われているということを考えている意識のことを指します。

恐らく回りに自分以外の人間が存在すればするほど、妄想を行う機会が増える傾向にあると思います。特にその傾向が強すぎる人はほぼ一日中そのような意識にさらされているのではないでしょうか。現代社会ではインターネットやSNSを通じて、昔よりも圧倒的かつ簡単に多くの他人とかかわることができてしまう世界ですからそういった妄想する人にとっては妄想の種がどんどん増えていってしまうと思います。「あの人は自分のことをどう思っているのだろう」「わたしはあの人にきらわれているかもしれない」反対に、「あの子は自分のことが好きなのかもしれない」というのもの全て、自分の頭の中で考えていることでしかなく、妄想の域を出ないものです。

仮に相手の口から直接確かめることができたとしても、それも結局はその受け取り手である自分の解釈によって相手が本当に伝えたかった事からはいくらか離れてしまうでしょう。そもそも相手が本当のことを言っているかどうかすら、それを保証できるものはどこにもありません。人の脳はブラックボックスです。たとえ人の脳が科学的に解明されたとしても、人が人に対してできる限界は「共感」どまりであり、「理解」には程遠いのです。もし理解できる手段があるのだとしても、それは実際にその人に「なってみる」ことでもしない限り不可能です。だから実際に人が人のことをどう思っているかなど、それを思った当人にしかわかりません。

しかしわからないからこそ、人によってそれこそ病的に相手の気持ちを推し量ろうと”悩む”のでしょう。その悩みが様々な妄想を生み出す種になるんです。現代社会にはびこる鬱の根幹的要因は、この「妄想」にあるのではないかと思います。多分自分が妄想をしているとは毛ほどにも思っていない普通だと感じている状態の中にすら、無意識のうちに働いた妄想によって知らず知らずのうちに悩みをどんどん増幅させてしまっているのかもしれません。

アダルトチルドレンのチェック項目の一つに「だれかに見張られているような感覚がある」というものがありますが、これはまさに無意識の妄想状態であると思います。親の元に厳しい教育をつまれ、親がほめてくれることだけをしなければならない環境に身を長く置いた人は、ずっとその親の「監視の目」の元に生きてきたことになります。その「監視の目」こそが究極的にはただの妄想であり(相手の本心は理解することはできない以上、自分でそのように想像しているにすぎないので)、承認欲求に飢え、大人になった後もそれは続き、全く関係のない他者にすらその親の代わりをもとめてしまう。他者という鏡に映った親の姿に自分の存在を認めてもらうために必死になっているだけなのではないかと。

自由世界と妄想世界

自由な世界とは現実の世界です。この妄想世界からの脱出先でもあります。自分にとって心地のいい都合のいい妄想でも、反対に苦痛に塗れた都合の悪い妄想であってもそれは全て妄想世界の産物です。「誰かが私のことを認めてくれる」「誰かが自分を愛してくれている」、あるいは、そうされたいという願望をもつなど、妄想の世界で閉じこもっている限りそこに本当の自由はありません。

自分の意志で自由に生きることとは、現実の世界を、所詮自分は、自分という存在以外に正しく認識することのできない1人の人間でしかないということを受け入れ、妄想の世界とは打って変る孤独の現実世界へ足を踏み入れていくことなのだと思います。妄想の世界に住んでいる人の世界観は、良くも悪くも周りに自分のことをきにかける人が存在していて、その人達に自分の価値観や考え方を依存してしまっています。依存しているからこそ、その世界を否定されたり、その世界から離れることに強烈な拒否反応を示したりします。

しかし、その依存性を断ち切らない限りそこで生まれうる様々な不安や悩みから解放されることは決してないでしょう。

自分の妄想世界に存在する人達に別れを告げ、一人の現実の世界に足を踏み出すのは恐ろしく、大変なことだと思います。しかしそれは単に、今まで現実世界で生きたという経験がないからというだけです。

人間は未知の世界に対して多からず少なからず恐怖を抱くもの。しかし恐れはしても、そこで経験を積んでいけばいずれはそこが本当の自分のいたい場所になるはず。妄想の世界で生きていた自分がどんなに不幸で不自由な人間だったか、そんな自分を振り返ったときにふと気づくに違いないでしょう。

妄想世界は無価値である

都合のいい妄想も、都合の悪い妄想も同じで、妄想というのは謂わば「嘘」です。虚構なわけです。なのでその嘘は本当に起こっている現実世界に対してはかなりずれていたり、まるで見当違いであったりします。
そんなものを信じたところでそれには何の実りもない。むしろ自分自身や他者までもを破滅させかねない危険な世界なわけです。そんな不利益しかもたらすことのないそんな妄想世界になど少しの価値もありません。本当に価値があるのは現実の世界です。「あの人は私のことを好きかも」も嘘。「嫌いかも」も嘘。何度も言いますが、現実の世界には、相手がどう思っているかということを証明する手段がないんです。じゃあ唯一本当であるものはなにか。それは自分自身だけなんです。

現実世界はたくさんの人々の協力で成り立っている

妄想世界にいる人は自分が他者にどう思われているかということだけを気にするような、ある意味では自分を中心に世界がまわっているかのような価値観をもっています。対して、現実世界を生きている人間は、自分がこの世に数十億人と存在するただ一人の人間に過ぎないことを知っています。そしてそんな一人一人がそれぞれの社会における役割をこなすことで、今日の社会が続いていることを知っているのです。現実の世界は相手の意志や気持ちを証明する方法がないのだから相手が傷つこうが関係なく好き勝手にやってもいいというわけではなく、もし皆がそうし始めたら間違いなく今の暮らしはなくなってしまうでしょう。資源の取り合いや相手を傷つけること、自分自身が生命の危機に脅かされるような社会がくることを望まない限りは、そんなことをしてはいけない。

だから私はこの現実の世界で生きて居たいなら、社会における自分の役割を決めて、それに打ち込み続けることを人生の指針にするのが一番いいと思っています。そうすることで誰かが欲しい何かをいろんな人が提供できる社会が実現したらきっと世の中はもっと豊かになっていくだろうと思うからです。

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Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

MBTI : ENTP

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