例え胡散臭いと思ったとしても、カウンセリングは一度は受けた方がいいという話






2020年04月25日~:
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実はつい先日、会社で全社員に対するカウンセリングが実施され、もちろん私もその対象者なので受けることになったのですが、それを通じて仕事の他にも、今までこうしてブログで自分で気づいたことなど、色々と交えながら今の自分のことや自分の好きなこと、自分の本質と自分のやりたいことについて色々と話をしてきました。

結論から言うと非常に「すっきり」しました。モヤモヤしていたところが一気に晴れたかのようなすがすがしさを感じています。頭の整理が完全についたとでもいいましょうか。人に話すということ、それも人の話を聞くことを専門的に勉強した方に対して話をすることがこれだけ価値のあることだとは思いませんでしたよ。カウンセリングって私の中ではちょっと胡散臭いイメージがあって、受ける前は半信半疑というか適当に受けてさっさと終わろうと考えていたくらいだったんで、これほど有意義にすごせるとはおもいませんでした。今回はそのことについてご紹介したいと思います。

人に話を聞いてもらうことによって、自分自身をより客観視できる。より確信を持てる

一人で独り言をつぶやくことと、だれかに自分の考えを伝えることとでは得られる情報が全く違います。前者は自分の世界という閉じた世界であり、その閉じた世界では自分自身に対する深い追及をすることができる一方で、それ以外の”未知”を知ることはできません。未知とは自分が未だ知らぬことであり、あったことのない人や、みたこともない場所、体験したことのないことは全て未知の出来事であります。

後者は、自分の率直な考えを実際に相手に聞いてもらうことによって、他者による未知のレスポンスを得られます。特にカウンセリングはカウンセラーの方の経験や力量にもよるのでしょうが、私を担当してくれた方は懐の広い方というか、あらゆる視点から物ごとを観察し、様々な解釈ができるタイプの人だったのだと思います。

私の話したことについて、ちゃんと解釈してくれる。しかし、その解釈は悪魔で自分の解釈であるため、それが絶対であるという姿勢はとらず、こちらにそれを押し付けるということはありませんでした。「これは〇〇で〇〇ということなのかな?」「〇〇ということもあるんですけど、〇〇(私の名前)さんはどう思いますか」「〇〇さんは〇〇が好きな方なんですね」という感じです。

要はちゃんと話を聞いてくれるんですよね。これが私にとってはうれしかった。なんというか自分について心の底から自分のことをようやく納得できたんです。

心の中で引っかかっていた母親との関係に踏ん切りがついた

カウンセリングを通して、自分の話を聞いてもらっている間、私はそのカウンセラーの人と、母親をどこか重ねてみていました。丁度カウンセラーの方は女性の方で、年齢も恐らく母と同じくらいでした。そうしているうちに、考えてみれば私の母親は子供の頃こういう話を聞いてくれるようなこと全然してくれなかったなぁ、してほしかったなぁということを感じていました。カウンセラーさんと母親はまさにその性質が真逆だったんです。

私の母は我が強いというか、自分や自分の言ったことを間違いだと絶対認めない人で、常に自分は正しい、周りは間違ってる、親は子供の言うことを聞くのは当然、親に逆らうなんて、そんなことをする子はわたしの子じゃない、みたいな感じの人でした。あなたのことは全部わかってるとか、そんなこともよく言っていました。

中学生くらいの頃、母親にテストの成績のことでえらく叱られたことがあって、「明日からちゃんと勉強するぞ!」と私は心を入れ替えてA4用紙で1週間の勉強スケジュール表を作って、自分の机の棚に貼っておいたんですよね。当時の私にしてはかなりがんばった自主的な行動でした。この方がやる気も出るはずだと根拠もあった上での行動でした。で、その後何か飲み物買ってこようと少し外にでたんですよ。家に戻って机に向かうと、その張り紙になんか加筆されてるんです。赤ボールペンで書いてあってそこには「張り紙くらいでできるようになるわけないだろ。口だけか!」みたいなことが書いてあったんですよ。…ショックでしたね。私は本当にそうするつもりで書いて、まさに勉強しようとしていたのに…聞けば自分が書いたと自慢げに自分に言ってました。「あんたがこれくらいで勉強するようになるわけがない」と。反省と自戒の意味も込めて作ったそのスケジュール表を実の親にこのような形で貶されたのは本当にショックでした。クラスのいじめっこでもこんな陰湿なタチの悪いことするやつはいませんでしたよ…子供だったあの頃の私でも流石にひどいと思いましたね。本人は多分覚えてないと思いますが。いじめた側はすぐ忘れちゃうけど、いじめられた側は忘れないってやつです。しかし、なんで母あんなことをしたんだろうか…いまだに謎なんですけど。

思えば私は今まで一度も母親に「相談」をしたことがなかったんですよね。というよりは「相談」の”やり方”を知らなかった。母親は私が物心つくころから常に私に対して「当たり前」とか、「あんたはこういう子」みたいに”彼女の世界の答え”を押し付けてくるだけで、私の話を聞いて、どうすればいいのか一緒に考えてくれるようなタイプではなかった。基本的に白黒付けるタイプの人でしたから、一方的にこちらのことを決めるけられることは日常だった。私が二十歳くらいになるとなぜか急に事あるごとに「自立しろ自立しろ」と連呼するようになったのですが、自立するための自分で考えることを幼いころから学ぶ機会もほとんど与えられなかったので「自立」という状態が一体どのようなものかさえもわからなかった。

私はそういう経験から無意識のうちに、人は誰も自分の話を聞いてくれない、相談したところで意味がないとどこかで考えていたのかもしれません。でも、真摯なカウンセラーさんの話を聞いてくれるその態度が私にも伝わってきて、自分も自然にそれについて真摯に応答し「そうかもしれない」「それは違うかも」「まさにそうなんですよ」と、自分自身のことについて再確認したり、新しいことに気づいたり、「やっぱり自分ってこういう人間なんだな」「こういうことは嫌いで、こういうことは好きなんだ」「やっぱり周りに合わせる生き方は自分には全くあっていないんだな」「自分は、とことん孤独が好きなんだ」と、自分自身のことについてより確信を得ることができました。母親との間にあった不自由な楔を断ち切れたような気がしています。

自分の生きる方向を見失いかけたら是非カウンセリングを

自分の人生について考える時、自分はこう生きた方が正しいと考えているし、多分実際そうなんだけど。いまいち確信がもてない。つまり、脳は理解しているけど心がそれを受け入れていないというような状態の人は、一度カウンセリングを受けて自分の考えを話してみることをおすすめします。ただカウンセラーも人間なので人によって違います。前にいた会社にも企業カウンセラーを名乗る人が来たんですが、とりあえず話だけ聞いて、当たり障りのないアドバイスして終わりなんていう、あまりやる意味がなかった方もいました。ここは運かもしれませんが、自分が求めていたようなカウンセラーの人に出会えれば色々と話を聞いてもらえると思います。本当にすっきりしますし、自信もつきますよ!



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Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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