承認欲求から自身を解放しよう:人と人の距離感をつかむ





自分と他者との心の距離感を修正していくことは承認欲求からの解放に非常に重要な気づきになる。

他者と自分の距離は想像以上に遠いということを認識できるようになることで、袋小路から抜け出せないつらい悩みから解放されるだろう。

人は他者の”本当の姿”を知ることはできない

あなたは他者から見られている時にどう感じているだろうか。気分が落ち着かなくなったりすることはあるのではないだろうか

他者があなたのことを見ていたとしても、彼らはあなたの本質、つまりあなたが思う本当のあなたの姿を見ることは全くできていない。

他者が見ているのは物理的なあなたの外見だけである。それは外の世界で認識できるあなたという存在のほんの一部でしかない。

人というのは本当に勝手な生き物で、ただ見ているだけで何も考えていないかもしれないし、

「外見」という、あなたを知るにはあまりにも薄く小さな情報から、さもあなたの全てを知ったかのように、やさしそうとか、性格悪そう、いい人そう、きつそうだのと、勝手にイメージして考えているだけである。

人は他者を評価するとき、他者のことを理解して他者の何かをいっているわけではない。人の内面など本人以外の誰も理解しようが無い。皆自分の都合の良いように見ているだけである。

良くも悪くも観測した人それぞれの都合次第なのである。

人に良く見られたいは”かなわない”

あなたは多分人に良いように見られたいとか、変に見られたくないという欲求があるのではないか。人目を気にするという背景にはそういう目的意識存在していることを意味している。

しかしあなたがどう自身を取り繕ったり気をつかったところで、彼らが認識しているあなたの姿は実際にあなたが思うあなた自身の姿とは一致することはない

前述に書いたとおり、人は自分の都合で人を勝手に評価しているだけにすぎない。故に、いかにして良く見られようと努力をしたところで、人は決して自分の思う都合の姿に合わせて見ることはないのである。よって、人は他者の本当の姿を見ることは不可能なのだ。

他者との距離感は想像もつかないほどのものである

人は人の本当の姿を知ることができないということは、他者の思考や価値観など、他者そのものの本質を理解できないということを意味してもいる。

この真実は人と人の心の距離があまりにも遠いということとして表現できる。この距離感は自分と、遥か遠くにある夜空の星との距離感に似ている。

夜空の星は、人間の肉眼では「光っている丸い点」程度にしか認識できていない。多くの人はそれを星、より正確には恒星であると認識しているが、人が肉眼で見ている限りでは、あまりも遠すぎて実際的に光る点とでしか認識することができていないのである。

現代の人が星を”星”として認識できているのは、科学者達があの空に浮かんでいる光源はなんなのだろうと研究して得られた結果からわかっただけであって、もし科学技術の発展が無ければ、人の星に対する認識は全く異なっていたはずである。

最も身近な構成であるあの巨大な太陽でさえ、昔は神とあがめられていたし、宇宙という存在を人間が認識したのは人類の歴史からすればほんの最近のことである。人類の知恵の結晶によって人は星を”星”と認識しているにすぎず、実際のところ一人の人間からすれば、星はやはりただの世皿に光る「光っている丸い点」の域をでないのだ。

この”星”に対する認識は人の他者に対する認識とよく似ている。人が認識できるのはあくまで外見上に現れた情報だけである。外見そのものはもちろん、話すこと、行動、表情など、人が他者を100%認識できているもののみである。

しかし、外見という小さな情報だけではその人の全てを理解するにはあまりにも情報不足であることは先程も述べた通りである。

対して、人の内面には計り知れないほどに広がっている自意識がある。それを他者が直接除くことはできない。人が覗こうとするにはあまりにも遠く、決して手が触れられないのが人の内面なのである。そしてその内面とは、まるで巨大なコンピューターシステムのように、様々な処理系が複雑に絡み合い、とても人が理解できるような容量ではない。

対して外見などの表の情報は、人が目で視認したり耳で聞いたりするだけで全て認識できてしまうくらいの小さな情報量しかない。

よって、人は他者の事など、ほとんどわかっていないのだ。どれほど近しい間柄であっても、親子の関係であったとしても、人と他者の理解度、心の距離感とは、まるで宇宙のように終わりの見えない距離感なのである

それほどまでに他者とは遠い存在なのだ。

しかしそれでも、あなたは人の目を気にするかもしれない。他者が自身をバカにしているに違いないと、疑うことをやめないかもしれない。

しかしそこにもまた別の真実がある。あなたの想像する”かもしれない”は、それらはすべて自分の想像の世界の産物なのである。

他人はあなたを理解できないように、あなたも他人のことを全くできていない。故に相手の本心を探ろうとしたり、読み取ろうとして、あれこれ想像をめぐらしたとしても、全ては妄想どまりなのである。

たとえ他者が声に出して、あなたを侮辱したとしても、それを自己の否定だと解釈して、実際に自分を否定しているのは自分自身なのである。他者はあなたを何一つ理解できていないのだから、何一つあなたを直接定義することも否定することも肯定することもできていない。それはまるで、「問題の存在しない答え」のようにバカバカしく意味のないものだ。

あなたが誰かに陰口や侮辱を受けて苦痛を感じるのは、あなたが他者の評価や意見をそのまま受け入れてしまっているだけにすぎない

コンプレックスというのは他者から与えられるものではない。他者から与えられるものは全て間接的要因であり、直接的要因は実際にそれをコンプレックスとして受け入れてしまっている他でもないあなた自身なのだ。

故に例えば自身の欠点というのは、自分が欠点だと思えば欠点であり、欠点と思わなければ欠点ではないということなのである。

人は自分のことを常に自分で定義しているのである。逆に他者の欠点というのは、自分がどんなにそれを欠点だと思い、それを指摘したところで、他者がそう思わなければ、それは他者にとっての欠点ではなくなる。

人間は本質的に自分のことしかわからないし、自分のことしか定義することはできないのだ。これは別の観点で言えば自分にとって正しいことも間違っていることも全部自分にしか決めることができないということを意味している。

誰かや社会から己の考え方や価値観、己自身を否定されたからといって、わざわざそれを真に受ける必要など全くないのである。

故に自分が望むのなら、今の自分をただありのままに肯定していいのである。自分以外に肯定も否定もできないのだから、わざわざ否定して自分を不幸に追い込むこと必要なんかどこにも無いのである。

人は人、他所は他所、というのはこういうことを言っているのである。そしてこれが、人と他者の間にある距離感の正体なのだ。

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2つの確かな真実

真実があるとすれば、それはある物資的何かが存在していることと、自分という意識が今この瞬間にあるということだけである。

物理法則とは真実の定理そのものである。それを観測することができる自分という存在も、間違いなく存在している真実なのである。

自分の体というインターフェースを使って見たり聞いたり触れたりできるもの、外の世界にあるものが物質的な世界、そして、それを感じている自分と思考する自分だけが真実なのだ。

それ以外のものは全て存在していないのである。あなたの頭の中で想像している「あの人は自分のことを悪く言っている」「バカにしている」「自分のことを好きなのかも」「私を評価してくれてる」など、人間という個の存在が確かめることの出来ない領域、例えば他者の内面など、そういったものは全て“偽”なのである。偽物以外のなにものでもないのだ。

問題を切り分けて、他者との距離感をつかむ

自分と他者の問題を切り分けることに失敗すると、この距離感を見誤る。他者のことを理解していると考えるのは誤りであり、相手が自分のことをどう考えているのか心配したり、それで悩みを抱えるのも誤りである。

自分の行動の心理的な背景に他者の目が存在したのなら、その時点で距離感を見誤っている。そういった認知の歪みを正すことで、その距離感はより正確なものへと近づいていく。

それらの悩みや心配事は、すべて遠い世界である他者の内面をわかろうとする歪んだ認知がそうさせているのである。

他者の世界のもの、自分の世界のもの。自分の悩みの種がどこから来るのか、自分の認識しているある事象の大元はどちらなのかをはっきりさせることで、

それが真実なのか妄想なのかをはっきりさせることができる。

問題を切り分け、考えるべきでないことと、考えるべきでないことを分別する。それができるようになれば、他者と自分の距離感をつかむことができるようになるはずだ。

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