哲学:人は他者を批判する時、実際には自分自身を批判している





他者を評している時、実際には人は、他者を自身の”鏡”として見ている。

人は他者を時に批評する。

しかしその本質は他者の内面を理解した上で批判しているのではなく、他者の外面、つまり、容姿、表情、声、行動、言動などから発せられた情報をとらえ、その人の性質を読み取ったきになって批判しているだけである。

人間は物理法則に従う生き物である

物質的世界に生きる我々はどうしたってこの世界の誓約である「物理法則」からは抜け出せない。

人に”心”があることを証明することができないように、物質的性質をもたないあらゆる要素を人間は観測することができない。

他者の意識、内面、正確、思考など、目にもみえず、耳に届かず、触れることもできず、臭いも味もしないもの。

人間の5感で感じ取れないものを人間は理解できないようにできている。

にもかかわらず、人は他者を批評している時、まるで他者の内面をわかった上で批評しているかのように振舞う。

この現象は、実際には人が相手のことをわかっているのではなく、前述の外面に発せられているあらゆる情報から他者の姿を自分の頭の中に作り上げて、それに対して批判をしているのである。

他者の批判 = 自己の批判

人はその想像上の他者の像をどこから作っているのかというと、それは自分自身なのである。

自分ならどう感じて、その相手のような行動をしただろうか、発言したのだろうか。ということを自分という存在から抽出し、予想しているのである。

多分本人は「自分なら」とは意識していないかもしれない

「あいつはいやなやつだ」

「あんなことを言うなんてあいつは人を見下しているに違いない」

こんな感じのことを頭の中でイメージしていると思うが、人は他者の内面をのぞけず、かつ人は0から1を作り上げることはできない生き物である。

他者の人間像を想像するにはどうしたってその”大元の人間像”が必要だ。一人の人間が知る唯一のその”人間像”とは自分自身以外にはいないのである。

自分の「嫌なところ」、「最低なことを言う自分」、その時の感情や心境などを過去の自分の経験したことや感じたこと、感情や気持ちを照らし合わせ、それを当て込んで”他者の人間像”という人格を作っているのだ。

他者否定そのものが目的になっている人は精神をやみやすい

批判そのものは悪いものではない。むしろ問題点を的確に分析、指摘して明らかにすることができる重要なアクションである。

問題は批判だけして解決策を提示しなかったり、ただ批判することが目的と化してしまっている場合である。

歪んだ承認欲を満たすために人を見下すために他者を批判しているとそのしっぺ返しは自分よって実行されてしまうのである。

何事も斜に構えるようになり、自分自身に対しても否定的になってしまうからである。

他者の否定は実際には現在から過去までの自分のピースをあつめて作った”自分”なのであり、その自分を否定してしまっているのである。こういう癖を持ってしまった人は完璧主義的な性格になってしまい、自身の行動すらも気づかないうちに否定している。やがて自らの行動はどんどん狭められいき自由を自らの手で奪うことになってしまい、精神を病みやすくなる。

人は自分以外の誰も見ていない

人は人のことを見ているようで、実際にはだれも見ていない。

実際に見ているもの、人間の5感で感じているものは全て外面であり、人を構成する情報のホンの一部でしかない。

人は人の心を見ることはできないし、そもそも見ていない。見ているのは”外面”だけで、見ていると思っている”内面”のほうは常に、他者という自身の”鏡”だ。

だからもしどうしようもなく生きづらく、人生に疲れたなら、それは他者否定の癖が原因かもしれない。

世の中に生きる多くの人々。その人々に不満をもち、否定的な意識があるなら、一度シャットアウトしてはどうだろうか。もしそれが近くにあると感じたとしても、否定せずに身も心もただそれから離れるということを心がけるといい。周りがただ存在しているだけの物質的存在だと一度意識してみてはどうか。

誰かに言われて、しなければならないことは何もない。誰かや誰かの考えた価値観に無理やり合わせる必要もない。

劣等感も優越感も何もない。だって誰も誰のことも見ることができていないのだから。人は孤独なのだから。誰も自分のことを監視などできないのだから。だから、自然体の自分でいいと。

そうすると、ちょっとは体が軽くなるかもしれない。人は誰の事も理解できない孤独な生き物で、それはみな共通している。

きっと多くの人はそれを見誤っている。人は孤独じゃない、分かり合えると思っているが、この“絆”が今の生きづらい世の中を作っている要素の一つなら、この認識を改めるべきなのではないだろうか。

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