「必要とされたい」というのはただの「思い込み」だよ





誰かに必要とされたい、誰かの役に立って認められたい、誰かに愛して欲しい──────────

他者に必要とされたいと思うのは今の時代の考え方の一つとしてそれほど珍しいものではないように見えます。

しかし、これが満たされていないと感じている人は多いようで、これが理由で悩んだり、精神を病んでしまっている人も多いようです。

例えば結婚できなくてさみしい、という理由の中には、世の中に誰も自分のことを必要としてくれる人がいない、というところまで悩みが進行して、

失意のどん底までいってしまっている人もいるみたいです。

しかし、この「人に必要とされたい」という思いによって得られるものというのは、実は全て自身の妄想の範疇を出ないおぼろげなものでしかなく、

その正体は単なる承認欲求の形態の一つでしかありません。

哲学:「愛されたい」は「愛」ではなく、「承認欲求」である




すべては単なる思い込み

人に必要とされていると感じることも、必要とされていないと感じることも、全ては自身の思い込みにすぎません。

なぜなら、人は相手の頭の中を覗けず、相手が考えている事を証明できる確たる証拠を提示できるものは、この世のどこにも存在しません。人の頭の中は、本人しかわからないのです。

たとえ相手が口で「あなたが必要だ」言おうと、「あなたなんていらない」と言おうと、その真意、つまり相手の頭の中で考えていることを最後まで確かめることはできず、

それがどんなに自分にとって信頼たる言葉だったとしても、全ては「恐らく相手はそう考えている」という推測でしかありません。そしてその信頼すらも単なる自身の思い込みでしかないのです。

他者が実際に自分を求めているのか、必要としてくれているのか、そしてその程度はどうかを確かめる術はこの世のどこにも存在しない以上、全ては思い込みでしかありません。

これほど不確かなモノをあてにして人生を送ってしまうのは、精神を非常に病みやすいのです。

なにせ相手が考えている事は永遠に分からないため、それでもどうにかそれを確かめようと、何かと常に相手の気持ちを確かめようとし、そのために自分の時間を浪費してしまいます。

自分の人生を歩むことが非常に難しくなり、全て相手の都合次第で、自分で自分の行動をきめることが一切できなくなってしまうのです。

誰かから必要とされていないと言われたり、そう感じなくなってしまっただけで、今までしてきたことをやめたり、そんな自分に劣等感をもってしまったりと、非常に危うい精神性を持っている証拠なのです。

哲学:自分の不幸は自分自身が作り出したものである

「必要としてくれる人」の都合に振り回されてしまう

相手に必要とされたいと思うということは、相手の都合に合わせて、自分の行動を決定してしまうということです。

相手に嫌われないように、好かれるようにと、あの手この手を尽くし、相手にとって都合のいいモルモットのように見も心も染まろうとします。

その関係は対等とは到底いえません。まるで主人と奴隷のような関係です。

常に相手の顔をうかがいながら嫌われているかどうかを気にし、時に自分を殺してでも相手に合わせようとしてしまうからです。

時に相手の気持ちを試したり確認しようとして回りくどい方法を使ったり、そういう行動は他人をも不幸にしてしまうことがあります。

こういった受身的思考というのは、本人はもちろん、やがては他者ですらをも不幸にしてしまいかねません。自分の正直な気持ちも考えも伝えず、自分にも他者にも不誠実であれば、

良好なコミュニケーションをとることは難しくなり、対等で健康的な人間関係を気付くことはほぼ不可能になります。

承認欲求という怪物

他者に好かれたい、嫌われたくない、愛されたい、必要とされたい。これらは全て、「承認欲求」というものがベースにありあます。

この最悪な怪物は、自分から自由意志を完全に奪ってしまいます。

なぜなら誰かから与えられるためにしか行動することができないからです。常に受身で、相手の出方を待つような行動しかできず、自分の自由意思を完全に封じ込めています。

自覚はないかもしれませんが、その本質は非常に窮屈な思考形態で、例えば誰かに見捨てられたり、当てが外れただけで一気に行動する気力がなくなってしまうなら、それは疑いもない証拠。

今まであった自分の行動動機、「誰かに必要とされるために行動する」という動機を、根こそぎ持ってかれたわけですから、「空っぽ」になるのは当然の話です。

承認欲求とは、そうやって自分の思考を無意識に縛り、一人の人間として非常に弱くもろい生物に仕立て上げてしまう、内なる怪物なのです。

嫌われるのは悪い事?

生きる目的を変える

他者に必要とされていないからという理由でそれをやめてしまったり、自身を否定することに走るのは、

自分の目的が他者に貢献することではなく、他者に必要とされることが人生の目的になってしまっているのです。

他者からもらうことを期待する人生をやめ、他者に与える人生にシフトすることでこの悩みを根幹から消すことが出来ます。

誰かから必要とされることを期待するのではなく、自分が誰かを必要とするために、人生を生きるのです。

承認欲求は、なくせる

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