間違う事を恐れなくなるには




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2020年04月25日~:
現在メンタルヘルス系過去記事を順次全書き直し中です。
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その要因は正しいことが”+”で、間違っていることは”-“だという考え方にあります

一見当然のことを言っているように感じるかもしれませんが、この問題の本質を知るためには重要な気づきでして、

正しいことと間違っていることを+と-のように考えている場合、-であることは自分にとって不利益であると考えているということになります。

そう考えている限り当然間違っていることを人は避けようとすると思います。しかしこの+と-という思い込みを一度リセットし、

すべて=であると考えることができるようになれば、簡単に間違うことを恐れることも、正しいことにこだわることもしなくて済むようになります。



縦の関係で人間関係をとらえている

そもそもなぜこのような捉え方をしてしまっているのか、よりその根本原因について考えてみると、その発端は自身が「人間関係をどのように構築しているのか」という所にあります。

例えば上司や目上の人達に対しては人間的に自分よりも上だとか、部下に対しては人間的に自分よりも下であるとか、あるいは能力の有無や差で自身の価値観を相対視しているとか、そういうものの観方をして人間関係を構築するやり方、

つまり縦の人間関係を構築してしまっているところにあります。

そして、仮に自分が間違ったことを言ってしまうと、自身の地位や名誉や評価やそれ元にした関係性、縦の関係性が崩れてしまうかもしれないということを想像してしまいます。

それを恐れているから、間違った発言を怖いものだと感じるのです。

例えば自分が間違ったことを言って、部下が正しいことを言ったとしたら自分の株が落ちる、部下が自分よりも上として見られることが怖いなどです。

会社の組織の中にある上司や部下、あるいは学校でいうなら学年などのはただの役職やクラスであって人間の価値だとかそういった本質を体現したものではないですし、

他のケースとして、友達グループなどの集団の中で話をしている時に自分が間違ったことをいってしまうことを恐れるのも、その集団からつまはじきにされてしまうのではないか、ということを恐れてのことですが

それも自分の正しさをその集団の中で証明することによって自身の地位を維持しようとする、縦の人間関係を構築しているところが発端なのです。

間違うことが”-“であるとは限らない

こうした縦の人間関係は、常に規範とか正しさに価値を置くことが多くそれに沿わないような間違う事を行ったり行動することをリスクとしてみてしまいます。

しかし逆に”間違う”ことで、そこから新しい課題を発見できたり、判断材料を増やす機会として機能することもあります。

失敗は成功の元とはよくいったもので、人はモノの観方を少し変えるだけで価値あることをたくさん発見することができます。

例えばディベート目的の会議や議論の場では正しいことを言うべきではなく、お互いが自分の思っていることを正直に話し合うことを善しとされています。

これは個人が思う自身の価値観をベースに語られる正直な情報であればあるほど、それはユニークなものとなっていって、

たくさんの異なる情報がそこに出力されていところにあります。仮に正しいこと、間違っていることをベースとして議論をしてしまうと、皆正しいことしか喋ろうとしなくなるので、

既に証明された正しさや間違いにそってしか考えることができなくなってしまい、前者に比べれば出力される情報は非常にすくなくなります。

会議は主にブレインストーミングを目的とすることが多いので、そのような目的の場合には正しいも間違いもクソもありません。それらを意識してしまうこと自体がむしろ毒なくらいです。

少しは無しはそれますが、話し合いや意見交換がメインのものである場合は参加者は正直な意見を出し合う事が重要で、かつ進行役の存在が必要であると思います。

もし討論がヒートアップしてきたり、方向からずれ始めたらそこは進行役がなだめたりまとめたりすればいいわけで、

思うに会議が全く進まず、まるでお葬式のようになってしまってうまくいかないのは役割分担不足なだけだと思うのです。

あえてもう少し細かく規定するなら、会議の出席者が3人以上いるのであれば進行役の存在は必要であると私は判断します。

これは二人だけなら1体1の話合いになるので場の空気や和を気にする必要はなく、あらかじめ話題を決めておくだけで進行役の存在がいらなくなるためです。

進行役に会議の調停役を任せてしまえば、後は各個人が思うがままに意見を述べるだけでいいわけです。

そもそも”役割”とはこのように、何かを効率的に進めていくために必要とされるものなので、ただ形式的に運用してもうまく行かないか、全く意味がなかったりすることもあります。

要は型にとらわれず、自分で考えて決定することが最も効率的で貢献的であると私は思うのです。



自分のしたいことを素直にできるようになろう

個人的には失敗することよりも、失敗を恐れて何もしない、考えない事の方がずっとリスキーだと考えているくらいです。ずっとだまったままだと、他の意見交換をしている人達についていけなくなります。自分がわからないことがあってもだまったままでは周りからはわかっている前提で認識されることも多いので、むしろ後になって全然分かってなかったことが発覚するほうが時間的にも無駄ですし、迷惑でしょう。

なのでどんどん”間違えて”いろんな経験をして今後の自分の人生の糧とした方がずっといいと思っています。

というか、その間違っているというものでさえ、その根拠を内に求めるか外に求めるかでも変わってきます。内に求めることができていれば外野にどういわれようが気にならなくなります。

そもそも、人が行う事に絶対的な正しさも間違いもないのですから、一々それを恐れていたところで自分がブレるだけです。

自由に発言することがどうしても許されないような場とか、そういった閉鎖的なコミュニティの中に身を置いているなら自分がそこに適応しようとするよりも、愛着があるならそれを変えていけるように動いていったほうが後々自分にとっても得ですし、そうでないならその場から去って新しいコミュニティを見つければいいだけです。

主体性もって考えることで、こうした悩みは解消されていくと思います。間違えることも正しいことも全て=であれば、もっといろんな角度から物事を見つめることもできるようになりますよ!



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Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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