MBTIタイプ論を「道具」として使う- MBTI考察 –





MBTIはまるで自分ことを見透かされたかのような印象を受けるくらいに正確にこちらを分析してくれますし、自己肯定感を高めたり、自分以外のタイプの特徴や考え方を知ることもできるので、こんなに違う考え方をもつ人が世の中にいるんだということを知ることもできる優秀な診断ですよね。

不透明な人間の内面や、心理を「見える化」して、個々の特徴を記号化することで自己理解を助け、

それを元に個人の成長やキャリアパスの決定に使ったり、人との関わり方を学んだり、社会貢献に役立てる目的として使うなどいろいろなことができます。

私はそのような様々な用途に使える特徴から、MBTIを非常に汎用性の高い「道具」であると認識しています。

「道具」である以上、それをどう使おうと個人の自由です。自身の成長に使おうが、遊びに使おうが、考察しようが、或いはもともとのMBTIが作られた目的には相反しているとは思いますが、相手をバカにするために使おうがそれは個人の自由でしょう。それらすべてには本質的には差がないというのが私の認識です。

人間のやることなんて所詮はそんなもの。なにせ無知なのが人間なわけで、ある意味”色んなバカ”やってるのが人間なんだと思います。

というわけで私は、私がやりたいこと、生産的な事柄のために使用しています。今回はそれについて私の思うMBTIの使い方についてご紹介できればと思います。



自己肯定のためのツールとして

MBTIのいいところは、「自身に対する認知の見直し」をできるところにあると思います。

例えばENTPの特徴はネガティブに捉えれば「口だけで自分では何もしない人」とか、「変なこと考えてばかりの理屈っぽい扱いづらい人」になります。自己否定感の強い人はこのように自身の特徴を捉えがちだと思います。

しかし、MBTIは人間の様々な特徴を「資質」というニュートラルな見方で見ます。さらに肯定的な見方をすることでそれは転じて「アイディアマン」、「型にとらわれない柔軟な論理的思考をもつ」など、生産的な活動に結び付く要素に姿を変えてくれます。

自身を肯定的に捉えることができるようになれば、その資質を使ってどのように仕事、社会貢献に役立てていくかを考えていくことができるようになります。人間はモノの見方を変えるだけで、今まで気づくことができなかった自分の資質や、身の回りにある、自身が解決すべき様々な問題点に気づいたりすることができるわけです。

とくに、分析家タイプの人はその数も少なく全体の1割程度しかいないので、他の大多数のタイプの人々から後ろ指をさされる経験をする人は多く、その中で自己肯定できるようになることは大変に価値があることだと思います。

MBTIが人の成長の場面で効果的だと言われるのは、このような部分にあるのだと個人的に思っています。自身の特徴を資質、個性であるととらえた上で、自分には何ができるのかを考えることができるようになると同時に、自分と他人との違いを肯定することにもつながります。

人と人は違うという認識が多くの人に浸透しスタンダードなものになっていけば、より多様性を尊重して適材適所が進み、合理的な社会が作られていくとも思います。

視野を広げるためのツールとして

MBTIは全ての人の特徴を「資質」というフラットな物に再定義することで、自分と相手の違いを優劣でなく、「単なる違い」として意味づけることを可能にしてくれます。

例えば、体を使う仕事が得意な人と頭を使う仕事が得意な人がいたら、単純に考えてそれぞれの得意な仕事をした方が効率良く仕事ができる可能性は高いと思います。

ところが現代社会では、体を使う仕事をする人をどこか下のように見る風潮があって(少し余談ですが、土方仕事などは特に若い世代では非常に敬遠されやすいようです)、本来ただの職業の違い、社会における役割の違いでしかないのに、不当な眼差しを受けている事があるように思います。

収入や待遇に差はあるでしょうが、どちらも何らかの形で誰かや社会の役に立っている意味では対等ですし、そうした様々な人が今の社会を作っているわけですから、むしろお互いに敬意を払うべきだと思います。そもそもにおいて、それら同士は本質的に比較のしようがありません。

一々比較しなくとも、自分は自分、相手は相手と考えられるようになれば、あらゆる他者も自分にとっての何等かの可能性となり、自身の視野を広げることを可能にしてくれます。



歴史から学ぶための指標として

MBTIは過去の偉人たちに対しても推測ですがタイプ分けされています。実際のところはこういう診断は本人がやってみない限りはわからないので推測の域を出ることはありませんがそれでも自分と近いものを感じることは多く、彼らから学ぶものは多いと思います。

基本的には自分と同タイプかほぼ同じタイプの偉人達から学ぶのがいいのではないかと個人的には思います。

例えば私の場合はENTPですが、ENTPだったといわれる歴史上の人物の一人として、芸術のみならず、様々な分野で功績を残したレオナルド・ダ・ヴィンチは、自身を「経験の弟子」だと言い、また彼の生き様は周りが言う事や事実よりも己の経験と知識を信じることの大切さ、自身の思う真実への追求をすることのすばらしさを教えてくれます。

また「他人のやり方の真似をしてはいけない」とも言い残しています。これは人の真似ばかりしていてもその本質は見えてくることはないことを私に教えてくれました。自分が純粋にやりたいと思うやり方があるなら、既にやりつくされたやり方に拘らずとも周りの目や常識なぞ目もくれずやればいいのだと。

発明家のトーマスエジソンは「他者の批判を恐れず自分の意見を論争の渦中にさらけ出せ、自分が本当に重要だと思う事のために立ち上がり、どんな困難にも立ち向かえ」と、他者に嫌われることや変人というレッテル張りを恐れることなく自分の意見を率直に述べ、挑み続けることに価値があるということを教えてくれます。失敗する機会は増えますが、人は失敗しなければそこから学べません。むしろ失敗しない限り経験がつまれていくことはなくそれが失敗だったと認識するまでは、それを正しいことだと考えているわけですから、反省する機会も生まれにくいからです。

最後に古代ギリシアの最大の哲学者と呼ばれるソクラテスは「無知の知」、「知を愛する」ことを説き、自分で考え続けることそのものの大切さを教えてくれます。

自分の考え方を押し付けるのではなく、まずは相手の話を”良く”聞くこと、(これはとてつもなく重要だと思っています。)相談事なら、それはもう根掘り葉掘りいろんな角度から聞くこと、そして自分自身も共に成長していこうという姿勢が大事であるということを、ソクラテス式問答法によって知ることもできました。

人は相手から「これが正しいのだ」意見を押し付けられても、それを正しいと思うことはあまり多くないと思います。相手にも相手の思う正しさがあるからです。

しかしソクラテスの問答法は、相手が正しいと思っていることについて様々な角度から質問を投げかけ、それによって本人自らが矛盾点や己の無知を発見してもらうことで、「ではこれは実はこういうことだったんじゃないか」「こうあるべきではないか」と、こちらの提案を受け入れさせやすくしてくれます。

ソクラテスは自身で著作を残すことはせず、彼について残されている文献は彼の弟子たちであるプラトン等が残したものだけですが、それでもその中で生きているソクラテスからは感じるものがあります。

過去の偉人が残した言葉や発明はどれも素晴らしいものですが、全く自分と異なるタイプのものだとピンとこないものです。しかし自分と似ているタイプの人の言葉であれば理解しやすいですし、参考にしやすいと思います。

出会いのきっかけのツールとして

単純に人間関係の構築において、こういう人と話をしてみたいとか、一種の指標としても機能することができると思います。

共通の趣味をもっているとかそういうものと同じように、似たような指向性をもっているとか、興味のある指向性の人と話をしてみたいという場合にはかなり使えるのではないかと思います。

いわゆる縁結びです。色恋沙汰のことではなくて、人と人が関係をもつきっかけとして、MBTIはかなり使えると思います。実際SNS上でMBTIのタイプを通じて知り合いになっている人は多くいらっしゃいますし、既にこの使い方をしている人は多いでしょう。

ただ一つ気を付けるべきだと思っているのは、個人を個人としてではなく、タイプ論でくくろうとして考えてしまう事です。

例えば、自分にアメリカの知り合いがいたとして(仮にマークさんとします)”マークさん”として接するのではなく、”アメリカ人”として接するということになります。こういう見方は偏見をもって相手を見ることになりがちです。

MBTIは人に対する一種のステレオタイプ化ともいえると思います。「アメリカ人は雑」「日本人はまじめ」というように、全体で見ればその傾向はあるでしょうが悪魔で統計論であって、それを個人にも適用するように考えてしまうとおかしな事になりやすいように思います。

もちろん個人としてみた場合にも、タイプごとの傾向はあると思いますが、人と人が接した瞬間は個人と個人の間柄になりますので、MBTIは参考値程度に、ちゃんとその人を見るように接したほうがいいように思います。



MBTIをどう見るか、どうとらえるか、どう使うか

と、このような感じで、MBTIを道具として有効活用する方法を私なりに紹介させて頂きました。何かの参考にしていただくことも無視して頂いても全く結構です。

人には皆生きていくうえで何かしらの目的があると思います。それは既存の社会に対する何らかの貢献かもしれないし、その真逆かもしれないし、長期的かもしれないし短期的なものの連続かもしれません。それは人の数だけあるのだと思います。この世には絶対的正しさも間違いもないというのが私の個人的な結論です。

別に私はアナキズムを推奨しているわけではないのですが、この世には万人に通じる一つの真実は存在しないというのが、今のところの私個人の見解です。MBTIに対する見解も同じで、これも結局は人の数だけの解釈答えがあるのだと尾も思います。

結局自分にとっての真実は自分にしかわからないし、他人からはそれがどのようなものか見えないので、自分でいろんな手段を講じて探す以外にはないのでしょう。

そもそも真実がどうかなんてどうでもいいと考えている人もいると思いますし、やはり私には他人のことはさっぱりわかりません。

わかるのはせいぜい自分が見ている”この世界”のみ。いや、それすらも本当に私は”わかっているのか”。だから私はこのたった今見えている世界の範囲の中でしか考えることはできないし生きることもできない。ならば、その限られた世界の中で最大限の自由を感じる方法を模索しながら生きようではないか。その手段として本を読むのはとても有効な方法の一つですね。他人の観た世界を少しだけ垣間見ることができるわけですし。

おっと話が脱線してしまいましたね。まとめるとMBTIは単なる「道具」として使うのが良いのではないかという個人的な主張でした。その方がより汎用的かつ様々な用途に使えると思いましたので。

皆さんはMBTIをどのように捉えていますか?あるいはどう使っていますでしょうか。もし気が向いた方がいらっしゃればコメント頂けると嬉しいです。

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元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

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