MBTIタイプに”倣う”必要はない – MBTI考察 –





診断によって出力されたタイプは悪魔で診断結果、現在の自分の指向性を診断するものであって自身の目標とかあるべき姿かと言えばそうとも言い切れないと思います。

また、MBTI自体が人の心理機能という、物理化学のように公式化できたりするような代物でないものを扱っているわけですし、人の心理を完全に解明ができるような完全なものというわけでもないと思います。

診断結果は大抵的を得ている指摘ばかりだと思いますが、少々誇張気味だったり、そこはそうでもないかな、と思うようなところもあると思います。

なので、自分はそれに準拠していないからダメなのか、中途半端なんじゃないか、と不安になる必要はないと思います。

診断って今現在の自分の状態をただ測定、診察しているだけで、逆にこうあるべきだ、というようなものを提示するものではないと思います。

仮にそれを診断だというなら、それは身体測定で実際の自分の身長よりも高い数値を設定して、「ここまで成長すべきである」というようなものではないでしょうか。病院で診察を受けて「風邪ですね」と診断されることはあっても、「風邪になりましょう」という診断はできないし、そもそもこれは診断ですらないと思います。



MBTIありきで自分の性格とか思考について考えるのは一種ロールプレイでもあります。ロールプレイというのは役割を演じることを言います。

自分自身であるつもりが、実はそのタイプの特性を演じようとしているだけだった、なんて経験はあるんじゃないでしょうか。

もちろん、MBTIをどう使おうが個人にとっては自由ですから、そういう話で考えればそう使うこと自体が悪いというわけではないですし、MBTIを道具として見るなら、例えばあるタイプを自分が成りたいと思う目標として使うこともできると思います。診断結果をきっかけとして、こういうところをもっと伸ばしてみようとか、こういうことをしてみよう学んでみようとか、行動するきっかけにすることは個人的にはとてもすばらしいことだと思います。

MBTIタイプ論を「道具」として使う- MBTI考察 –

ただ問題は、それが本当に「自分らしい姿」「自分が自然でいる時の姿」なのかということです。単に憧れだったり、無理をしないとそうなれないとしたら果たしてそれは本当に自分にあっているのでしょうか。

憧れと適正は異なる場合がある

例えば、私個人はENTPですが、ISTJとかESFPの指向性には憧れを感じます。ISTJは事実に基づく思考と固い意志をもつひたむきで堅実な強さ、ESFPは自分の感情に素直で楽しそうで、純粋な自分の感情を元に様々な発散を行えそうなところです。どれも自分にはないものです。

かといって自分がそう”なりたい”とは思いません。

それは別に彼らを軽蔑しているとか、そういう意図ではありません。むしろ尊敬すらしているくらいです。彼ら彼女らはかっこいいし魅力的なのですが、自分自身がそれになって楽しいか、なろうとする意味はあるのか、それが自分の目指す姿なのかというと別です。

私はまずは一度立ち止まって考えてからじゃないと行動したくないので、感情よりも先に思考がきます。また事実よりも自身の合理性で考える方が楽しいからです。それらは私からすると私にとっては自然ではないのです。

そもそも自分が彼ら彼女らに憧れをもつのは、今の自分の指向性(ENTP)があってこそだとも思います。自分にはないからこそ彼らのことをもっと知りたいと思う。憧れは憧れで、胸の内にしまっておくのがちょうどいいんじゃないかと。

もちろん、診断結果のタイプにこだわらなければならない理由もないと思います。それを心からやってみたいと思うのなら、やった方がきっと楽しいですから。

一つの指向性だけが自分の指向性とは限らないのでは?

出力された診断タイプだけにしか自身の思考性が該当しないとも限りませんし、悪魔でその中でも最もその指向性が強く出ているというだけで、実際にはいくつかのタイプの特徴を併せ持っているんじゃないかと思います。

ENTPだけでなくINTPなところ、INTJなところ、ENTJなところもある。近しいタイプであればその傾向はあるんじゃないでしょうか。MBTIによって自分にも「そんなところがある」ということに気づいたことをきっかけとして広げていった方がもっといろんな可能性が広がっていく気がします。

これは診断結果の各パーセンテージが参考になりそうなきがします。例えば50%付近であればその両方の性質を併せ持つ傾向をもつのではないでしょうか。



自分を理解できるのは自分だけ

また少し余談になるかもしれませんが、巷では私のような人間の他にも様々な方がMBTIについて考察を書かれていらっしゃいます。

大変説得力があり、私なんかよりもちゃんと根拠やデータ、論理立てて書かれている方が多くいらっしゃいますが、どんなに優れた情報にせよ人という存在がやる分には悪魔で全てその人個人の見解の域を出ることはないと思います。

それをただ鵜呑みしたり、自分は〇〇のタイプだけどここではこう書かれていて、でも自分はそれとは違うからおかしい、ダメみたいな考え方などはやめた方がいいと思います。

返って単なる自己否定になってしまうかもしれませんし、ストレスも溜まってしまうかと思います。

私は私でいろいろ書いていますけど、どれだけタイプや他者のことについて分析したつもりでいても、結局のところは私は私のことしかわかっていないし、他人を分析しているつもりでも実際には他人に映った自身の姿を分析しているにすぎず、多分それは人であれば皆そうだと思います。

これは個人毎の能力的優劣とかそういう話ではなくて、人としての機能的限界です。人は他者のことを自分なりに推測したり想像したりすることはできても、理解できるようにはできていないからです。

なのでここで書いているのは、悪魔で私の思うENTPとか他のタイプについての個人的考察なだけなので、こうした自分の内側の情報以外の外部の情報は参考程度にとどめて、基本的には自分で考える方がいいと思います。

いや、そうするべきだと思います。ここは敢えて強く言いたい。

自分のことを理解できるのは自分だけなのですから、その理解することの補助として、自分で自分を理解するためにMBTIを使ったりいろんな考察サイト見てみるという選択もできると思います。

もっと気軽に使ってもいいでしょうし、自分に合わせて使いこなしていくのが良いのではないでしょうか

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元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

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