箇条書き哲学 – 第3弾 – (脱:承認欲求、幸福、認知領域、他者の課題編)





人間が不満や不幸を抱いた時は、そこにそれを発生させるための種を自らの意志で仕込んでいるのだ。

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本当の恐怖とはその恐怖を生み出す自分の思考そのものである

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人の行動と幸福は直結しない。何かをしているから幸福である、何かをしていないから幸福ではないという定義が定的であるということは本質的に常になりたたない。自らの意志でそう定義しているだけである。

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人間はあらゆる”事象”にただ名前を付けているだけである。その名前がその事象の本質を示しているとは限らない。

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事象に名前を付けたのが自分以外の人間であれば、その名前を付けた人間がイメージした内容と、自分がその名前を識別した時にイメージした内容が必ずしも一致しているとは限らない。

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「青」という言葉が具体的にどのようなイメージを脳内に作り上げるかは個人によるのだ。それは単に色かもしれないし、空や海の色といった、特定の物についている色かもしれない。色自体の見え方すらも実は全くことなるのかもしれない。

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ある事象の正体、本質を突き詰めたいなら自分でやるしかない。自分以外にそれをできる人間は存在しないのだ。他人の見えているもの、そこにたどり着くまでの道程も人は見ることはできないのだから。

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同じ人間であっても、自分と同じだと思わないことだ。同じ気持ちでいるかどうか、同じことを考えているなど、それを保障できるものはどこにもない。そんな気持ちすら持ち合わせいるかどうかすらも不明なのだから

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人間は本当に他人のことなど何にもわかっていないのだ。全ては自分の意識で想像できる範囲という、とてもつもなく狭い世界の中の話でしかないのだから。故に他者の探求した真実は尊く、自信の探求した真実は自身の宝なのである。

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不思議なことに、自己保身的な思考を持つほど、自らを不幸に落とし込んでいく。

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自分のことばかり気にかけていればそれは自身を孤独にさいなませる。もし自分のことを気に掛ける理由が、他人にどうみられるかを意識していることからくるのであれば。それでいて他人に与えることには眼中にもないから満たされることもない。このような一連の心理状態と結果が、自身を「孤独であることを不幸」と定義することになる。

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自己保身のために生きることよりも全体の奉仕者として生きた方が健やかに生きられる

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否定を恐れるのは自己保身である。肯定を欲しがるのも自己保身である。全体の奉仕者であれば自分の立場は関係なく、与えることだけを考えるはずだから。

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人は驚くほど無関心になれる。無関心とは無知と言い換えてもいい。人間は知覚しているものの中でしか関心毎を選べず、その関心毎にも限りがある。故に関心がないものに対しては知覚している上で興味がないか、知覚すらしておらず存在しているかどうかすらしらない無関心、つまり無知があり、それは自分の関心毎の数よりも膨大である。



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自分の関心毎を整理することで、自分の人生をよりシンプルに、洗練にできる。

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人目を気にするという関心毎をなくしていくことは、人生をシンプルにする上で最も効果が高い方法の一つだ。

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承認欲求が無くなれば、賛同も賞賛も、侮辱も侮蔑も、批判も全て同じものになる。今までの自分はそこに善し悪しのラベルを張って、勝手に舞い上がったり落ち込んだりしていただけという事実に気づくだろう。

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考えるべきは、自己という偶像ではない。自分が何をするのかについてだけである。

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批判を恐れることほどナンセンスなものはない。全ての事象はむしろ批判されてしかるべきなのだから。

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誰かに勝つことそのものを人生の価値とすれば必ず苦難の連続にさいなまれるだろう。※1

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人間関係は全て共感で成り立つ。健全な関係はそれを自覚し、実践して関係を作ることである。

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人は愛されない。好かれない。そして嫌われもしない。あらゆる手段を用いたとしてもそれらはすべてかなわない。相手のすることはすべて他者の課題である。人個人がができるのは、何かを愛したり嫌いになったりすることだけである。

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共感によって、他人がうれしそうにしている、かなしそうにしている、たのしそうにしていると感じているのに共感するのは健康的で健全である。
自分がしたことについて誰かに認められた、認められないを感じようとするのは不健全である

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人が自分を嫌いという事実に悩むのは、実際に人が自分を嫌っているという事実ではなくて、人が自分を嫌っているであろうという他者の課題を根拠に、自らが自分を嫌っているだけである。

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人間関係の悩みの根源はあらゆる「自分は他者を理解できる、している」という思想がベースの強い思い込みである

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世界とは、自分の見ている、感じている世界である。他者の世界は自分には知覚できず、人間個人にとってその世界は存在していないのである。

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人間の相性の正体は共感である。共感する要素を互いに多く持っていてそれぞれが心地よいと感じる時間が多ければ多いほど相性がいいといえる。

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共感とは独りよがりである。相手がどう共感しているのか、何に共感しているのか当人はわからないからだ。人の共感という感覚は自分の脳内だけという孤独の中にしかないである。

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※1 勝つ必要がある状況があるとすれば、それはある自己実現達成のための手段としてである。単なる自己保身のために戦うことほど、空しく非生産的な活動もない

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