人に「好かれる」「嫌われる」は幻想だった!




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2020年04月25日~:
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「好かれたい」「嫌われたくない」

そう考える人は多分たくさんいらっしゃるとおもいます。多分ですがね。

しかし、実際にそれが叶わない人っていうのはどうしてもいます。

相手の価値観次第ですし、自分のことを全員が嫌っていたら全員に嫌われるものです。

人間ってのは自分の欲望に忠実で、自分のしたいことしかしない生き物ですし、自分ではどうにもならないことはあると思います。

 

「いくら好かれようと努力しても全然こちらを見てくれない。」

「文句不満言わず必死で相手に合わせてるのに、嫌われる」

 

「一体どうすれば…」

 

もしそれで苦しんでいるのなら、私からはある真実をご紹介できるかもしれません。

人に「好かれる」「嫌われる」は幻想であるという真実です。



人は相手の気持ちを最初からわかってなどいなかった

人間は主に言葉でコミュニケーションをする生物ですが、それって相互理解とかでは全くないんです。

人間の言葉はただの信号、シンボルでしかない。

それに何らかの意味を見出しているのは個人の勝手なんです。

人は相手の発した言葉とか文章を実に自分の都合に合わせて、好き勝手に解釈しているだけなんです。

発言者や著者の本質的な気持ち、思考は何一つ汲んでいない。

同じ文章を読んでもポジティブに捉える人もいればネガティブに捉える人もいるでしょう?

自分の意見に対する指摘を「単なる指摘」だと捉える人もいれば、「自分自身への否定」だと捉える人もいる。

もし言葉で意思が伝わっていたら、相互理解できていたらこんな解釈の違いなんて起こるはずもないわけです。

人は孤独である – 人は真に理解しあえない –

つまり何もわかっていないんです。相手のことなんて。

いくら言葉を交わしたところで、相手の頭の中なんて永遠にブラックボックス。

自分のことを好きかどうかも、人は最初から確かめることも、それ自体が存在しているかも一切確認する手段をもっていないんですよ。

結局のところ、全ては自分にとってそう見えているだけなんですな。

正確に言えば、自分がそう見たいと思っているから、そう見えるだけなんです。

好かれる、嫌われるはただの思い込み

では今まで自分が感じていた誰かから「好かれている」「嫌われている」はどこから来ていたのか。

それは全ては思い込み、妄想だったんです。

自分で勝手に相手の言ったこととか表情とか行動とか、そういったことを解釈して、ただそう思い込んでいただけ。

好かれるも嫌われるも全部一緒、思い込みなんです。

嫌われることに「勇気」は必要なかった!



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アドラー心理学は実践が難しいとされる心理学だといわれています。

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Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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