「メンタルの強さ」という錯覚





気にしていないだけかも

これに集約できると思います。

何を言われても動じなかったり、嫌みや陰口、陰で笑われえてもなんとも思わない。誰かから罵声を浴びせられてもどこ吹く風。

そんな人をみて、人は「鋼メンタル」「なんて心の強い人なんだ」と驚愕するかもしれません。

私も昔はそう思っていました。お笑い芸人の人達とかよく人前で、あんな恥ずかしいことを平気な顔でできるなって。



でも実際のところは、そんな“超人”のようなことをしているわけではないのではないか、と思うようになりました。

自分が人目を気にしなくなってからは、単に「気にしていないから」なのではないか、と思うようになりました。

我慢強さじゃないかも?

恐らくなんですが、我慢強いとかではなくて、我慢しなくてもいい心の使い方をしているんではないかと。

例えば恥ずかしくなったらはぐらかす、笑ってごまかす。そうやって自分に言い聞かせて、内側にため込んだりしない。

または、恥をかくことを受け入れている。「恥をかいてもいい」と自分を許可、許している。

あるいは目的の違い。お笑い芸人の方の話であれば、「人を笑わせたい」という目的が第一にあって、自身の恥は二の次。

笑ってもらえば全て善し。笑ってもらえなければ次頑張ろう。

全て「人を笑わせること」に意識、目的がフォーカスされていて、自分がどう思われるかは関心がないんじゃないでしょうか

無関心なのかも

無関心とは関心がないさまを指しますが、もう少し詳しく説明してみます。

無関心は、ある種の“無知”とも言えます。無知とは、知らないということですが、この知らないとは「本当に知らない」ことを指します。

想像することもできなければ考えることもできない。

見たこともない、それがあるかどうかということすら一切を知覚していない、全く考えることもできない。そんな代物のことです。

人間の”創造”という”模倣”

恥ずかしいという感覚を知らない

より詳しく言えば、恥ずかしいという感覚、体感を知らない。なんてこともあるかもしれません

いえ、自分が思う「恥ずかしい」というそれと、それを気にしていない人が思う「恥ずかしい」という定義が違うといった方がいいでしょうか



「恥ずかしい」という言葉が指す定義は、おそらく個人差があります。

というのはある言葉や文章に対する定義とは自分の頭の中にしかないからです。

同じ言葉でもそれが何を意味しているのかについては個人差があるということです。

ある人は

「顔から火が吹くような、体が熱くなってそこにいてもたってもいられなくなるような感覚」

またある人は

「集団の前で否定されたかのような、激しい自己否定感にさいなまれる感覚」

かもしれません。

ある言葉の定義について例えば知り合い、友人とどう思っているのか、自分の思うその言葉の定義は何なのかについて話し合ってみると、

自分の思っているそれとはまったく違うものが返ってくることもあります。

このように、人はそれに含まれる意味や定義については実は”共有していません”。

共有しているのは言葉や文章という記号、コードという”目に見えるもの”の集まりです。

人は言葉や文章を「解釈」して、その結果を頭の中に「定義」しているわけです。

プログラムで例えれば言葉や文章がコード、それを解釈する人がコンパイラ、解釈結果がバイナリファイルのようなもんですね。

本質的な言葉の定義は、全て個人により、かつ全く独立しているのです。

人は孤独である – 人は真に理解しあえない –

メンタルの強い人から、その強さを学べるかも

「メンタルの強い人」っていうのは、「恥ずかしい」とか「人目を気にする」っていう、

それを気にしている人達が思う定義達について「知らない」、「無知」(ばかにしているわけではなくて、人の本質における無知のことです)である、

というところから来ているということもあるのかもしれません。/p>

彼らと話をしてみれば、どうすれば人目を気にしなくなるのかについて、何等かのヒントを得られるかもしれません。

どういう意識があれば気にしなくてもよくなるのか。

それがわかれば自分だってその「メンタルの強さ」を手に入れることができるかもしれない。

別に持って生まれた素質でもなんでもないと思うのですよ。彼らは自分と違ってそういう思想、性格が育まれる環境で過ごし、そう考えるようになっただけだと思うんです

だからそれを学べばいい。知ろうとすればいい。

その中で腑に落ちる何かを見つけることができれば、それが自分のメンタルの強さになっていくのだと思います。

「人間とは何か」から学ぶ自分の変え方

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