全ての恐怖は自分が作り出している





ある何かを怖いと感じるということは、怖いものだと認識するからです。

恐怖を感じるまでには実際には一連の流れがあります。まずは「認識」。「これは怖いもの、ことである」とまず自分がそう認識します。

次に「不安感」「焦燥感」です。恐怖を”感じさせる”感情や感覚を発生させる。

これは全部自分の意志でやっているもの。本能とかではありません。恐怖という感覚は人間の本能と言えるかもしれませんが、恐怖を持ち出しているのは自分の意志によるものです。

怖いと思うから怖い。いえ、怖いと思いたいから怖い。

恐怖とは本能のような自然発生するかのような、あらがえないものではなく、自らの意志で使用しているものなのです。



パニック発作も「使っているもの」

パニック発作もにたようなメカニズムではないか、と個人的には考えています。実際私は発作持ちでした。

電車などの閉鎖された空間で人が多く存在する空間ではパニックを起こすことが多かったです。それは、もしパニックが起きてしまった場合にあることが起こることを恐れていたからでした。

それは人目を稼ぐことです。それも当時の私にとって都合のよくないもの。発作によってその場にうずくまれば一斉に周りの視線を集めることになる。多くは奇異の視線でしょう。

それがとてつもなく私は怖かった。いえ、怖いものだと思いたくてそう思っていた。

他人にそう見られることが。そう見られることで恥をかくこと、自身を否定し、自分の居場所がなくなってしまうことを恐れていたわけです。

人目を集めること=恥をかくこと=怖いことという図式が成り立っていたわけですね。

しかしこの方式は私が哲学をしていく中で崩れることになり、それが突破口となったのでした。

他人は他人のことを理解できないのだし、私が感じている「恥ずかしさ」というのは他人の思考や感情を読み取っているものではなく、全ては自分の頭の中で作り上げた妄想でしかない。

自分の場所なんてものも、自分がそこを自分の場所と認識すれば自分の場所になってしまう。いくら他人がどのように私を見ていたとようにみえても、全てはただそう見えているだけ。私は他人の意志の真意を永遠に確かめられないのですからね。

くわえて、人目を気にすることのどこに何の意味があるのだろうというのもあります。

恥をかくことで実際に蒙るリスクはなんだろうか。衣食住に困るわけもなし、話したことも無い人達にどう思われたところで自分の人生にはほとんど影響を及ぼさない。

人にどう思われた、ということが私に直接影響することなど何一つないわけです。

そんな不確かで無意味なことに一々恐怖という感情を使用していた自分に気づいたのでした。

そしてある日。人間の意識の限界や心理作用、そしてそもそもの無意味さなどについて個人的研究する内、恥なんてものは無価値であり、かつそれ自体存在しないのではないかと思い始めるようになったころです。

「人目」という存在が私の中で「恐れるもの」ではなくなっていたのでした。

つまり人目を集めることで恥をかくこと、それを恐れようとする「目的」を私は失った。それによってパニック発作がおきなくなったわけです。



恐怖はただの「道具」

「人間は道具を使うだけの生き物」。これは私がここ最近気づいた人間の本質です。

なぜ道具を使うのか。それは快楽を感じたいから。それを達成する手段、道具の一つとして感情がある。

楽しいと感じたければ笑う。悲しいと感じたければ泣く。怖いと感じたければ恐怖を覚える。

人間の行動の全てには目的が存在し、その目的は突き詰めれば全て何らかの快楽、それに見合った「快楽」を得るためであると個人的に考えています。

つまり恐怖さえもある種の快楽、ないしはそれを守るために持ち出した道具であり、人間は自らの脳によって判断し、使用しているにすぎない。

つまり恐怖とは使いこなすことができる代物であるということ。何を恐怖の対象とするのか。それを人はコントロールできる。

何をどう認知するか。何をどう認知したいか。それが鍵。

人に絶対恐怖なんてものはない。全ては過去の経験から何が恐怖の対象になりうるかを算出しているにすぎない。それも多くの”思い込み”を伴いながら──

恐怖を克服するには、自身の「思い込み」に自らの意志で気づき、恐怖としていた対象を恐怖とみなさないようにする、自分の意志を意識的に使っていく訓練をすることが肝心だと思います。

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