生きる意味





人が本当にもっているもの

「もし人間がこの世に自分一人だったら」

想像してみればすぐにわかる。それが自分の本当の姿。誰かの承認も否定もなにもない。

生きる意味を考えるのは、自分に「何もない」ことだとか、何かに対するコンプレックスがあるからだからだと思う。

「私は何も持ってない。あの人は持ってるけど自分にはない。そんな私がキライ。ダメな私が嫌い」そうやってコンプレックスにして、生きる目的に悩む。

でもその「持っている」としているもの。「持っていない」としているもの

これは本当に持っているものなんかじゃない。

世の中で言われている「何かを持っている」っていうのは多分、「特別な何かをもっていること」指すと思う。

それは大抵は「すごいことをした」とか「著名である」とか他者の承認を得ているものを指すよね。

でもこれって全部人間が勝手に、無根拠に作った歪なものなんだよ。絶対的なものなんかじゃない。

見る角度によっていくらでもその形を変えてしまう。ある人からみればすごいことでもある人からみればすごいことじゃなかったりする。

著名な人も全ての人に好かれてなどいないし、むしろ一般人よりもずっと嫌われている不名誉な著名人もいる。

絶対的な善とか絶対的な悪ってない。人間が作ったものにそんなものはないんだよ。

人間が作ったものについてを完全に保証する真実なんて、もともとどこにもないんだ。人間の作り出したある何かを持っていることを絶対的に保証することなんてできない。人間に真実は出せないからね。

でもみんなは世の中の人はそれを持っているか、持っていないからダメだなんて錯覚しているにすぎないのさ。コンプレックスっていうのもその裏返しだからね。



「ただ存在していること」

価値観なんていうのも全部人間が作ったものだ。これも歪で見る人にとって基準がバラバラだし、これをつかって 「自分は何かをもっている」だなんて絶対的には言えない。

でもどんな人間にも確実に、確かで揺るぎない事実があるんだ。

それは「今自分という存在がここにいる」ということ。

それだけ。「自分の存在」というただ漠然とそこにあるということ。自分が今漠然とここにいるということ。

確かに今自分はここにいて、生きている。世界を感じられている。

それだけが確かなことで最も真実に近く、かつ唯一のものなんだ。

これこそが人が真に「もっているもの」なんだよ。

人間にとってもっとも真実に近い概念はある物的な何かの存在有無だけなんだ。

その最も確実ものこそが自分という存在というわけさ。

後のやつはみんなおまけなんだ。自分の存在ほど確かなものはない

例えば自分という存在は確実にいる。でも他人は本当に存在するかどうか。それを絶対的に保証することはできる?

自分の意識は自分が感じているから在ると保証できるけど、他人の意識はどうかな。それを自分は感じられていないのに、どうやって保証できる?

肉体的な他人の存在はあると思うけどね。これが物的でなくなるととたんにその保証性は失われる。

例えば友達の有無とかね。友達がいるとした場合、何をもって友達がいるといえるのか。友達という関係性は別に物理的なものではないよね。

物的でないものを完全に証明することなんてできない。ひょっとしたら友達がいると思っていても実際には一人もいないかもしれない

不確かなのさ。人が作った色んなもの達は特にね。他人の評価、気持ち、社会の評価…こんなのは存在しているかどうかすらあやしい。

人間の作った虚像なんてそんなもんよ。まるで空をつかむかのように、朧気ではっきりしないもの。雲みたいなもんだね。

それにこれらは全て捨てられるし、また拾おうとすることもできるからね。

でも”自分の存在”だけはどうしたって手放せない。捨てられないんだ。

生きているってことは”自分という存在”をもっている、ってことなんだよ。自分だけが自分の所有物なんだよ。

そもそも「もっている」っていうのは本来存在しているものに対して物理的に自分が手にしているかどうかに言うもんなんだ。存在しているかどうかもわからないものに言うべきものなんかじゃない。

自分という存在があるから世界を感じられるし、世界と関われる

自分というインターフェースを使って世界と交信できるわけだ。

それを手放す手段は”死”だけ。人間は生き続けている限り、なにをしようと、何を考えていようと

存在しているという事実からは逃れたくたって逃れられない。捨てようとしたって捨てられない。

自分というものが唯一の人間の所有物、財産なのさ。それ以外は人間が勝手に決めた仮初でしかないんだよ。

この世で唯一確実なのは自分という存在だけなんだ。言ってしまえば自分こそが正しいのさ。



「存在していること」が生きる理由

「自分は今ここに確かに存在している。」

その時点で、自分はちゃんと生きていることをほぼ確実に証明できる。

だったら、生きるのにそれ以上の理由が必要かな?こんな確かな保証なんてこの世のどこにもないよ。

「生きる意味」なんていうけどさ。そんな意味態々考えなくたって、達成しようとしなくたって、既にもうそれはあって、かつ達成済なんだ。

誰かが作った仮初の価値観達に沿ってそんなことを考える必要なんてないんだ

生きる意味なんてこれでいいんだよ。

「自分が存在しているから。」

「自分が生きているから。」

つまり生きる意味、理由、目的、なんてのは

「生きているから生きる」なのさ。態々考えるまでもないことなんだよ。

生きているってことはそれだけでとても力強いことなんだ。存在しているってことはさ。

生きているだけで既にいろんなことができているんだから。

生きているからこの世界があるんだから。

みんな、生きていることが当たり前すぎて、生きているということそのものの力を無視してるんだよ。

それが人の本来の全てだったっていうのにね。

それで充分なのさ。

だから仮初の余計なものはどんどん捨てたらいい。遊べる奴だけ手元に残せばいいさ。それかそれを探したっていいし。

どんなに捨てたってその命続く限り最終的に「生きている」ってことだけはいつまでも自分の手にあるんだからね。

自分というインターフェースを使って世界を遊び倒せばいいのさ。

そして生きていることに毎日感謝すればいい。

1日が始まる時、1日が終わる時今日も1日生きることができたことに感謝すればいいんだ

世界を感じることができたこと。本を読んだりとか、何か自分がしたことに対して、それができたことに感謝する。

当たり前にできること、当たり前にあることに感謝する。それが大切なのさ。

誰かに嫉妬したり、ないものねだりなんて自分に対する冒とく行為なんだよ。自分を大切にしていない証拠なのさ。

自分は自分ってことだよ。それで十分さ。

あとがき:本当は別ブログにあげる記事だったんですがまだブログが未完成でしていつ完成するか怪しいのでとりあえずこれだけ…

こんな感じの語りみたいな記事を公開するブログを公開予定ですので、公開完了次第また告知します。

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