MBTIという自己理解メソッド





MBTIっていうのは自己理解メソッドだと思うんですよね。

「こんな風に考える人もいるんだなぁ」という他者理解メソッドとしても使われるツールではあると思うんですが、

私は結局のところ人間が理解できるのは自分自身のことだけだと思っているので、

他人のことをいくら考えたところでわかることはないと思っているんです。

人間の5感という限界

自分に”見えている他人”って存在は、全て「外」の世界に存在する物質的なものだと思うんですよね。

「外」っていうのはこの現実世界、物質的世界のことです。

5感で感じられているもののこと。肉体的特徴とか声色とかその人の行動とかそういう情報のことです。

でも他人の心理っていうのはその人の「内」にあるもので、「外」にはない。

だから自分にはそれを一切感じられないんですよ。人の感覚器官にそれを感じられるものはないんです。

つまり他人について「外」にある事象、他人の外見的特徴とか行動を観察することはできても、その行動に裏打ちされている「内」にある心理はについては何一つわかっていなわけです。

それができるのは自分の「内」に対してだけです。自分の「内」を観測したり干渉できるのは自分だけです。

これを感覚的に説明すると、宇宙のはてまでの”見えている世界”が「外」で、宇宙のはての先に”あるかどかどうかは不明だけど多分何かがある”というのが「内」という感じでしょうか。

そういう不明な領域が“無知”というやつです。その無知の領域に他者の「内」がある。

人は自分の感覚や思考そのものを言葉や文章で全て書き起こすことなど不可能だと思います。

いくら詳細に何かを語ってみたところで常に言葉足らずなのが人間である、という風に私は考えています。前回の記事の直観の話も、そんな言葉足らずなところを補った結果ですね。しかしそれでもまだ膨大な足りないところはあると思います。

人は全てを語れない。そんな能力も時間も人間にはない。

いや、私には無いといった方が正確かもしれません。他人という未知の存在の中には、そんなことが実行可能な人がいるのかもしれないですから。

もしそれができたなら人はとうの昔に真実を発見しているでしょうね。でもそんなものはまだ発見などされていない。発見されていれば誰もにとって幸福な何かというものも等に見つかり、社会問題はすべて解消してあらゆる問題が存在しない世界がとうの昔に来ているはず。

この世の全てを文章化するような真似が今も刻刻変化し続けているこの広大すぎる世界を、人にできるとは私には思えません。

さらに付け加えれば自分が意識できている部分ならまだしも、無意識の部分については自覚がないから考えることすらもできないでしょうしね。

仮にそんな無知という性質が人間の本質の一つであると仮定すると、他人も同じく自分の全てを相手に伝えたり、把握したり気づいていたりすることもできていないってことになります。

気づいていないことは伝えることもできないし考えることすらもできません。

さらに「伝えること」について突き詰めれば、その伝えたい情報が”真”、または”偽”であるということについても、自分のことについて本当にわかっているのかどうか、という根拠の点において考えてみても、

人が打ち出せる根拠というものはつつけば何にでも穴が存在するように、全て思い込みにすぎませんから、そうした思い込みの上に出てくるのが様々な理論、理屈、言葉、文章であるとすれば、それらの全ては真実からはほど遠いものであり、所詮は自分や相手を納得させるための弁論、詭弁の域を出ていないのではないかとも思います。



人はいろんな”答え”は持っているが、”真実”はもっていない。

人にあるのは“解釈”だけで、”解釈”に“正解”もくそも”真実”もないわけです。

つまり「外」に出てきた言葉や文章が全ては個人の単なる解釈、おもいこみを基底としているために真実が宿ることはないから、人に”その人そのもの”とか”その人という真実”を伝えることができる手段はなく、故にある他人そのものが語られている真実や事実なんてのは存在しない。

ある人間と別のある人間の間に”理解”という概念そのものが存在していない、ということになります

となれば、MBTIという概念、いやこの世に存在する様々な学問という”正しい”とされる概念、存在ですらも結局は全て等しく人の解釈、思い込みの域を出ていないということになる。

だから他者理解なんていうのは実際には到底不可能なことなんですよ。自分のことすらも解釈の域をでず、真実にはたどり着いてなどいないというのに、他人の「内」という感じ取ってすらいないものに対するものですから。

理解する以前のスタートラインにすら立てていないわけです。

人間には思い込みが限界

この世は、全て思い込みで成り立っていると言っても過言じゃないかもしれません。

なぜならこの世を観測しているのは自分で、自分は人で、人の見ている世界は思い込みだから。

だからといって、他者理解が無意味な行為であるということを言いたいのではないんですネ。

人のしていることが全て思い込みであるからといって、ではそれは全て嘘っぱちで無意味なのか、と言えばそれを意味があることとするとか、正解だとすることにするのかは個人のしたいこと次第です。

他者という鏡を分析することで得られるものもたくさんありますからね。

ただ他者理解という行為が行っているその実態、本質は、結局自己理解と何らかわりないだろう、というのが私の見解です。

どこまで行っても人は自分のことしかわかっていない、いや、自分のことすら”わかっているのか”、それすら怪しい。

そして他人はどこまで行っても自分の鏡でしかなく、他人の内面を覗こうとしている時、実際に覗いているのは自分の内面である以上は一人相撲の域をでないのではないか、と思っています。

例、というとちょっと語弊があるかもですが、以前以下のようなコメントを頂きました。私はのタイプはENTPではなくENFPじゃないか、というご指摘でした。

[MBTI] ENTPからみたINTP、ENTPとの比較 – MBTI考察 –

他者は鏡である、という例を踏まえて考えてみると、

通行人さん(コメントいただいた方の名前)の言う私という存在は、実際には私自身ではないんです。通行人さん自身なんですよ。

通行人さんは私の心理という「私の内」の存在、通行人さんからは無知の領域に存在するはずの「私の内」について、

このブログでいくつかの記事を読まれたことで通行人さんの経験や知識、人格などといった「通行人さんの内」を元にして「私の”内”に見えるもの」を作り出し、

そんな”私”に対して通行人さんは「ENFPなんじゃないか?」と言っているわけです。

何が言いたいのかというと、私の「内」ことは通行人さんには何もわからないのです。

そして同じように私も通行人さんの「内」のことはわからない。

MBTIの領域はそんな「内」にあるものであると、私は思うのです。だから自己理解メソッドだと思うわけですね。

と書いてみたものの、ひょっとしたら通行人さんには「私の内」を何らかの方法で本当に感じ取っているのかもしれません。

5感以外の、人の心理を直接感じ取ることのできる感覚器官を持ち合わているのかもしれない。

或いは既存の感覚器官の組み合わせか想像もつかないような何等かの方法でそれを実現しているのかもしれない。

まるでサトラレのように(あれは読み取られてしまうやつですけど)、他人の意志を直接感じ取ることができるような何かが…

あるいは私が実はサトラレか…!?



でもそれは私にはわからない。私は私のことしか感じられないからです。

だから他人は私にとっては自分の無知の領域に存在する無限の可能性でもあります。

ただ、少なくとも私自身にそんな器官はないだろうということだけは感じています。

どれだけ言葉を交わそうと決して相手を理解できる日が来ることはない。

理解したと思い込むか、理解できなかったと思い込むか、それ以上は考えないか、これくらいしか他人に対してできることはない。

本当に分かるのは100歩譲っても自分自身の心理だけなんですよ。

しかしそれでも、人と話したり意見を交換したり、ぶつけあったりするのは重要なことなんだと思うのですね。

他人っていうすごく遠い存在に対して少しでも”近づこうとする”には、あれこれ対話して、これはどうだあれはどうだ、それはなぜそうなのか。それは本当にそうなのか。

そういったことを繰り返していく上でお互いの自分の中にある「内」に対する対話をよりふかめていくことができると思うのです。

他人に近づくのではなく他人を通してみた自分に近づく。

それが対話の本質ではないか、と思います。

MBTIとは関係ないですがこのあたりに似た話はいくつか記事をまとめてるんで「哲学カテゴリ」あたりをよければどうぞ。

http://dessindezyoutatsu.xyz/post-category/%E5%93%B2%E5%AD%A6

共感と理解の違い – 人の限界 –

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より踏み込んだアドラーの実践

アドラー心理学は実践が難しいとされる心理学です。

それは人の解釈という、実際には他者と全く共有できていないものの問題だからで、最終的には自分が気づく必要があるからです。

当サイトでは管理人のElepanがアドラー心理学を元により深く、より根本的な思い込みの解消、哲学を実践実施した結果、その考察と気づきをまとめております。

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Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

MBTI : ENTP

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