自分を変えるために、音楽は私を勇気づけてくれた






2020年04月25日~:
現在メンタルヘルス系過去記事を順次全書き直し中です。
上記年月よりも古い記事は順次修正予定記事になります。

自分を変えること。認知の歪みの修正は長い時間と労力がかかる。事実私はそうだった。

手探り状態で長期間にわたってそれをするのはそれはとても大変だった。

そんな中でそれを支えてくれたものの一つが、音楽という存在だった。

他人は私を救ってはくれなかったが、音楽だけはいつも聴くことができた。音楽は自分がも聴きたいときに聴くことができる友だった。

その中でもお気に入りだったのが「NIN – Gave up -」。だった。

今でも大好きなこの曲は、自分を変える上でとても大きな心の支えになった曲だった。

この曲には自分を変える時に最もつらく、気が狂うような思いをしながら行った「認知の歪みに気づく」過程をまるでそのまま歌い上げてくれたかのような曲だった。

もちろん、曲の解釈は人によって異なる。歌詞もかなり意訳している。
※正確な訳を知りたい場合は他のサイトに行くことをおすすめします。

でも私にとってはこう聞こえた。いつもこれに励まされた。そう聞こえたものが自分も同然だった。
(“”の部分は曲の歌詞、意訳部分)

———-

“Smashed up my sanity”
“俺の正気を壊した”

“Smashed up integrity”
“俺の誠実さを壊した”

“Smashed up what I believed in”
“俺の信じていたものを壊した”

“Smashed up what’s left of me”
“俺に残っていたもの全てを壊した”

“Smashed up my everything”
“俺のすべてを壊した”

“Smashed up all that was true”
“俺の真実だった全てを壊した”

“Gonna smash myself to pieces I don’t know what else to do”
“自分を粉々にすることかしか俺は知らないんだ”

私はかつて自分が信じていた「他人」のすべてを捨てた。それはその信じていたものたちに裏切られたからだった。

そしてその裏切られたものは、最初から自分のことを守ってはいなかったことに気づいて、永遠に届くことのないものであるということに気づいたからだった。

「他人が自分の人生を何とかしれくれる。他人が自分を導いてくれる。」
「他人が自分を好きでいてくれれば、私は私の生きている意味を感じていい。」

「生きている意味がなきゃ生きる価値なんてない。だから他人に好かれていないきゃ、自分は生きている意味がないんだ。」

自分が大事にしてきた真実達を粉々にして捨てるしかなかった。
深く子供の頃から思い込んでいたいろんな「大事なものだったもの」を、私は捨てた。

“Covered in hope and Vaseline”
“Still cannot fix this broken machine”
“希望とワセリンで覆ったのに、直せないこの壊れた機械”

でもそれには多くの痛みが伴った。毎日が地獄のようで、死にたいと思った日もたくさんあった。
他人を捨てたいのに、捨てられない。変わりたいのに、変われない。

治したいのに、治せない。そんな葛藤の日々が数年にわたって続いた。

“I tried”
“俺はやったんだ”
“I gave up”
“でもだめだった”

なんども、いろんな角度から自分を検証し、自分の認知の歪みに何度もぶつかっていった。
それでもなかなか根本的な自分の認知の歪みにたどり着くことはなかった。

何度もあきらめようと思った。

でもこの曲を聞くたびに私は思い出した。

“After everything I’ve done I hate myself for what I’ve become”
“今まで俺が全てしてきた全てが、嫌いな自分を作り上げた。”

私がこんなに苦しんでいるのは、他人にすがり続けてきたからだということを。

それを捨てない限り、私は一生幸福になれないと。

進み続けなければ私は私の苦しみから自由になれない。他人をすがることをやめて、自分の足で自分の人生を歩いていけない限り。

何度もそれを思い出して、少しづつ前に進んで、やっと解放された今がある。

“It took you to make me realize”
“It took you to make me see the light”
“それに気づくためにお前が必要だった”
“光を見つけるためにお前が必要だった”

他人への期待、甘え。そういったものを捨てる上で、他人にそんな自分をぶつけて実感することは非常に貴重で重要な体験だった。

他人の期待を捨てようとしていて、でもまだ他人の期待が残っていたとき、他人にしてもらうために行動してしまった自分に反吐が出た。

そして、その期待を他人が全く応えようとしなかった現実に、何度も直面した。

そのたびに、「他人は他人の都合でしか動かない」という現実を受け入れていった。

私は他人を捨てるために他人を使った。他人を捨てるために他人が必要だった。

何度も裏切られ絶望し、他人という現実を受け入れ、かつての妄想の他人は捨てた。

そして自らの孤独を受け入れる覚悟をし、その上に生きることができるようになった。

 
 
この曲はそんな自分の変わる過程をまるでなぞっているかのように歌ってくれた、とてもかけがえのない曲になった。

音楽が私を勇気づけてくれた

この曲は本当に素晴らしい。
心から自分が欲している欲望に忠実で、実に感情的に痛烈に自信の葛藤、内面を表現しながら歌い上げている正直な曲だ。

その正直さに私はひかれたのだと思う。

自分の弱い部分に正直になること。自分の苦しみに向き合う勇気、立ち向かう心。

そのエッセンスを、私はこの曲から見出して自分に取り入れていった。

他にも自分の励みになった曲はたくさんある。
「Yeah Yeah Yeah – Zero – 」、「The Hoosiers – Goodbye Mr A – 」、「Muse – Knights of Cydonia – 」など…

どこか哲学的で、しかし勇気をくれるそんな音楽たち。

音楽は力を与えてくれる。前に進む勇気を。無力なただの人間の自分という存在を生きる勇気を。

何の保証もない、ただの人間としての自分の人生を生きる自由になる勇気を。

そんな音楽を見つけられたら、それはきっと自分だけの大事なものになる。

誰かのものではなく、自分自身の宝になる。

もちろん、著作権的な意味ではない。自分の頭の中にあるその曲という宝のことだ。

音楽は、そういう力を秘めている、素晴らしい財産だ。



アドラーの心理学を論理的に実践

アドラー心理学は実践が難しいとされる心理学だといわれています。

管理人が実際にアドラーの教えをもとに実践した内容の記事を残しております。

孤独 認知論
私の「甘え」うつ病治療


私のうつ病の主原因は「甘え」だった。甘美に感じられた「甘え」が私を苦しめていました。

そんな私が自分の甘えから脱し、

精神の安定、自由をつかむためにやったことをまとめています。


孤独 認知論
承認欲求を捨てよう


承認欲求を捨てて「自分の人生」を生きよう


孤独 認知論
人間孤独論


「人は生まれた頃から死ぬ時まで孤独である」

それを論理的に考える記事です。


孤独 認知論
ゲーム系


遊んだゲームのレビュー、攻略情報などなど


previous arrow
next arrow
Shadow
Slider
自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

2 件のコメント

  • NINは私も好きです。トレントレズナーも鬱で相当苦しんだらしいですね。結局筋肉ムキムキになって復帰していましたが。We are in this togetherとか好きです。音楽は癒しであり孤独への入り口ですね。ブログ面白いです。更新ありがとうございます。

    • そうなんですねぇ…彼も鬱だったんですか。
      Garbageのシャーリー・マンソン氏といい、鬱を経験した人の表現はそういった苦しみを表現することに長けているのかもしれないですね。

      音楽やっている人って孤独になる傾向があるのかもしれませんね。ならざるえないというか、もともと生き方がそうというか。

      自分の表現をするわけですし、それだけ自分自身でいないとそういう表現をすることは難しいでしょうしね。

      こちらこそ、読んでいただいてありがとうございます。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。

    日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)