「絵がうまくなりたい病」から解放されたら絵がうまくなってきた話。




Twitterで気づきのつぶやきやってます→

2020年04月25日~:
現在メンタルヘルス系過去記事を順次全書き直し中です。
上記年月よりも古い記事は順次修正予定記事になります。

絵を描き始めて早5年。思えば特に最初の三年はほとんどうまくいかなかったように思う

いや、うまくいかないというか、はっきり言って苦痛だった。

なぜかというと、絵がうまくならないといけないと思っていたから。

なのに全然うまくならないから。

すごく苦しかった。

趣味で始めたはずの絵が、いつのまにか義務みたいになっていた。

うまくなりたいからうまくなれない。

「誰かに褒められたいから、そのためにうまい絵を描きたい」

当時の私の頭にはこれがずっとちらついていた。

だから絵を描いている時、常に「うまくならなきゃ」という思いに駆られながら描いていたように思う

しかし、そんな思いとは裏腹で、まったく絵は進歩することはなかった。

なにせ手が全く動かない。上手い絵を描こうとして描いてみると、目の間に広がるのはへたくそな絵。

結果を前に絶望して全然手が進まない。

「ダメだ」

「上手くなるなんて無理なのかな」

「才能ないのかな」

そんな自己否定だけが積み重なり続ける日々だった。

承認欲求では絵は続かなかった。

「上手い絵をアップしてほめられたい」

そんな野望(?)を抱きながら、それでも自分に鞭をうって、模写はある程度かけるようにはなった

しかし、自分で構図を考えてオリジナルを描くということについては全くダメ。

もう全然だめ。ウ〇コ。

平べったいのっぺりとしたよくわからない奇形がそこにあるだけ。

リアルな説得力のある絵は、3次元空間を2次元空間に落とし込むデッサンの技術が必要だし、

いろんな構図の勉強もしなくちゃならない。

表現したい世界がどんな風で、どんな大気感で、文化があって、服装はどんなで、どんな生活しててなど。

絵を描くということは、思った以上に学ぶことが多かった。

そんな手間のかかることを達成しようとして、「上手い絵を描く」という目標は、そもそもあまりにもアバウトすぎたし、

なにより面白くなんかなかった。費用対効果が最悪だった。

絵を描くという全ての瞬間が義務で、ずっと苦しい思いをしないと描けなかった。

描きあがった一瞬の快感のためだけに。

「あれ、自分はなんで絵描いているだっけ?」

「こんなはずだったっけ?」

「もっと楽しいことだと思ってたのに」

「もっと気持ちがいいことだと思っていたのに…」

いつもゲームや動画に逃げてしまっていた。

こんなので続くはずがなかった。

そんな過去の自分にいってやりたい。「描くことをただ楽しめ」って。

承認欲求を捨てていく中で

そんな日々を続けていくのと同時に、私は「自分を変える」ということをテーマに色々と取り組んでいた。

それは、「他人の承認を捨てて自分の人生を生きる」というもの。

承認欲求を捨てて、他人からの苦しみから解放されて幸福に生きようと自分を変えることに奮闘していた。

そんな中で少しづつ自分が変わっていくのを感じると同時に、絵を描く目的にも変化が現れていた。

単純に描くことが楽しくなっていった。

上手い絵を描こうという意識は薄らいでいった。

そしてその代わり、もともと絵を最初に描こうと思った時の「興味」だけが残って、ただ絵を描くだけで満足できるようになっていった。

知的好奇心で動くようになった

今までは模写やデッサンは完全に「義務」だった。

うまくなるためにはやらないといけないこと。

やりたくないけど、やらないといけないことだった。

それが、単純に絵を描くことが楽しくなってきてから、無理やり自分にむちうってやらせなくても、自然とデッサンや模写に手が伸びるようになっていった。

「もっとリアルに描いてみたい」

「イキイキとしたキャラクターを描きたい」

「この写真好きだから模写しよう」

そんな純粋な欲求。誰かの評価のためでもなんでもなくて

「自分が純粋にみたいもの、いきたいところ」に夢中になっていた。それを絵に描こうと無我夢中になった。

自分の絵を描くテーマがみつかった

20200601

そうなってからのここ半年の成長は早かったと思う。以前に比べればずっとイメージ通りにかけるようになってきた(上記は最近のオリジナル絵)

それに加えて、絵を描く理由も明確になっていった。

自分の創作キャラクターをもっとリアルに、生きてるみたいに描きたい。

「こいつにもっと冒険させてやりたい」

「こいつにもっとかっこいい装備をさせてやりたい」

「もっと冷ややかで強い目的意識に満ちた表情を。」

「こいつは堅物の女戦士だからもっとタフな目つきで…一匹オオカミで…」

それが自分の絵を描く原動力になっていた。ただそうしたいという欲求だけで絵を描くようになった。それに伴って世界観や文化、服装なども自然と学ぶようになっていった。

20200624 「居住区散策」

20200624 「居住区散策」

最近は背景も込みで模写をするようになってきた。きっとそのうちは背景と登場人物を描いた「いっぱしの絵」を描けるようにもなっていくだろうと思う。

上手い絵を描けるかどうかは重要じゃなくなった

ただ、こうして当時自分が望んでいた結果を手に入れても、今の私にとってそれはあまり重要なものではなくなっていた。

重要なのは自分が楽しんでいるかどうかだけだった。

自分が楽しんでいたから、そもそもこうして続けていられる。

楽しんでやり続けた結果がただこうして出ている。

楽しんでなければ続いていないだろうし、結果もなにもでていなかった。

それは、過去の自分のうまくいかなかった実績たちがそれを嫌でも証明していた。

自分にできるのは「ただ絵を描くこと楽しむことだったんだ」ということだった。

それに気づいた。

楽しんでいると自然と欲求があふれてくる。

「こう描いてみたいな、こう描いみたらどうかな。」

そんな「いろいろ試してみたい」という欲求が自然にあふれてくる。

そういう欲求に自然にこたえて、ただ書いていくと、いつのまにかそれが積み重なってる。

そう気づいて結果はどうでもよくなった。

だから私は、今後もこの「楽しく絵を描く」というスタンスを崩すことはないと思う。

私にとってはこれが「最も絵を描くうえで最上のやり方」であるから。

 



自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)