「承認欲求お化け」だった私の半生を独白します





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病的な承認欲求を抱えて

当時の私の承認欲求はとても強くて、常にだれかに見張られている感じがするというか、自宅の部屋に一人でいるときでさえ、誰かに見られている感覚がありました。

やることなすこと全てその誰かに、何かに見られているような感覚があった。だからいつもかっこいい、すごい自分というような、自分が賞賛される姿をよく妄想していました。思えば道を歩いている時も「あの人ずっとこっち見てるな。自分に気があるのかな?」なんて見ず知らずの他人にすら妄想してばかりだったなぁ。妄想もここまでくるとひどい…

その反面で常に「見張られている」ような感覚もあって、失敗してはいけない、バカなことをしてはいけない、いい子でいなきゃいけないという強迫観念も抱えていました。

学生の頃はかっこいいと思われたくてギターを始めたりもしました。容姿に気を遣ったり、すごい奴だと思われたくて高校1年の時に入った野球部で「中学の頃リトルリーグに所属していました!」なんて言ったり。本当は入って数か月でいじめにあって嫌になってやめたのに。実際全然ダメで後から周りに失笑されてばかにされてましたね。3か月たたないうちに辞めてしまいました。

勉強しようとしても長く続けることができませんでした。苦しくなってすぐに手が止まってしまうんですよね。

「なんでちゃんとできない」「なんでわからない」

そうやってすぐに自己嫌悪になって投げ出していました。

もっと自分はできるはずなのに、できると思ってたのに、なんて。そんな見栄っ張りと自己否定だらけの息苦しい不満だらけの人生を送っていたんです。

そんなすべては、誰かに認められたいという承認欲求から来ているものでした。

自分を好きな人、自分を認めてくれる人、それを保証してくれる何か。

そんな人たちに、ものに囲まれて、保証されていい人生を送りたいと思っていたのです。

でもそううまくいくことはほとんどありませんでした。

「誰か自分を認めて」「自分を必要としてくれ!」

という気持ちばかりが先行していって、ますます不満ばかりが募る毎日。不満だけがたまって現実は何も変わらない。自分の手も動かないから何も進んでいかない。

そんな私だったから、私は自分でやりたいと思えることを何一つもっていなかったんです。毎日どこか無気力で、何もしたくない。全体的に無気力な人生を送っていました。

誰かに求められていることじゃないと価値を感じることができなくて、求められることもほどんどなかったから、何もする気が起きなかったんですよね。

褒められたことも少しはあったけど

そんな私のような人間でも下手も数うちゃなんとやらで、たまには褒められたり求められたりもしました。かっこいいといわれこともあったし、優秀だとほめられたこともありました。

でも褒められるって、自分が想像していたのとはずいぶん味気ないものだったんですよね。だって一瞬のことでしかないんです。褒めてくれたその一瞬だけしか、褒めてくれるっていうのはない。

それでずっと誰かが自分を慕ってくれたりとか、その褒められた何かや誰かが自分の人生を保証してくれるなんてことかもなかった。人に褒められても、仕事でいい成績を残して評価を受けても、それでこれからさきも私のことをずっと褒めてくれるとか、ずっと好きでい続けてくれるとか、ずっと同じ評価をしてくれるとか、今後の人生がそれで安泰であることを約束するなんてことはなかった。

私は褒められることで安心したかったんです。永遠に。永遠に他人に褒められ、永遠に優秀でいたかったんですね。

でもどんなにがんばっても、無理をしても、そんな風に自分を保証する人も物も、現実のどこにもなかったのですよ。

評価なんて全部他人の気まぐれなんです。それもそれぞれのその他人特有の価値観や考え方から出た、いい加減なものでしかない。永遠の優秀さ、かっこよさ、誰かの承認なんてないんですよね。

言い換えれば読書感想文と同じなんです。同じ本に対する感想文でも読み手の印象によって全然変わるものです。さらに年を取って人生観が変わると、その個人の中にも変化が生まれて感想がガラッと変わることだってあります。

人の評価というのは、時とともに、状況とともに変化するとても不安定なものなんですね。

だから「優秀な自分」も「かっこいい自分」も「誰かに認められている自分」というのも、実はどこにも存在してないんです。すべてはただのラベルで、その瞬間の他人が好き勝手張るだけの、何の根拠もない印にすぎなかったのですよ。

結局私は単なる一人の凡人、ただの人間でしかなかったんですね。そんな凡人が必死に背伸びをしていただけだったんです。

幼少期の頃から止まっていた”精神の成長”

子供の頃はというと、私は親から毎日叱らていました。

私の親、特に母親は支配的で、些細な失敗でもヒステリックに「なんでそんなこともできないの!」「そんな簡単なことも出来ない子は私の子じゃありません!」「それくらい普通でしょ!ちゃんとしなさい!」「人前で恥ずかしいでしょ!背筋を伸ばしなさい!」と、口を酸っぱくしてねちねちとしかりつけてくる人でした

少しでも私が行儀が悪かったり、姿勢が悪かったり、ちょっと汚い言葉遣いをしただけで、鬼のような剣幕でしかられ少しでも反論したりすると「親に向かってなんて口だ!」「今度そんな口を利いたら家を追い出す!」「言うことを聞かないならごはん抜き!」などと私の意見をきくどころからねじ伏せるような教育を受けてました。

母親の言う正しさに屈服し、常に従わなければ生きていけなかった、そんな環境でした。

だから私は、常に母親の機嫌を取ることに必死でした。そのためなら、反省したフリ、それも本気の反省したフリをして、自分の気持ちに必死にそう思い込ませて嘘をつくこともいとわない。いや、つかざるを得なかったんです。

そうでないと私は家族に所属できない、自分の居場所を作れないと感じて不安だったから。

そういう環境の中で育った私は、いつまでも「自分が悪いんだ」「こんなこともできない自分はダメなんだ」「自分はバカなんだ」「何もできないんだ」と思い込んで自分を責め、母親が気にいる形を常に伺いながら装い、思い込み、常に自己否定をすることで家庭に自分の居場所を作ってきたんです。

そんな”装ってきた自分”がまるで本物の自分だと錯覚するようになるまで、自分を思い込ませるくらいに。

たまに親から「やればできるじゃん」みたいにほめられたこともありました。

でもそれはうれしかったというよりもホッとしたといった方が近かったです。自分はここにいていいという安心感だった。それを許可されたような気がしてホッとしたんです。

暴力こそほとんど振られなかったものの、言葉による暴力は母親から毎日のように受けていました。

その経験から、誰かに認められないと自分はダメなんだという風に考えるようになり、それは成長しても変っていくことはなかったわけです。

なぜならそれが、自分にとっての普通だったから。私の根本的な精神面のそれはその時点から成長することをやめてしまっていたんですね。

ずっと母親を怒らせない偽物の自分を演じることだけをしてきて、本来の自分自身で感じること、考えること、経験することを押し殺してきたから、「自分自身で感じて考えるという経験」が全く得られてなかったんです。

やがて成長して小学校にいくようになっても、クラスメイトに対する接し方も母親に対するものと同じようなものになっていきました。

そのおかげなのか小学校の特に低学年のころはずっといじめられてました。ましだったのは野球部に入部した小5.6くらいだったかな。野球は私が心から楽しいと思えた子供のころの数少ない貴重な経験でしたね。

いじめられたり、何か嫌なことを言われても、その相手に常に好かれなきゃいけないという意識があって、自分の「やめて」という要求を口に出すことを阻んでいました。だから嫌なことをされても嫌ということができず、ひたすら我慢するだけしかできなかったのです。そりゃいじめっ子は面白がってもっといじめますよね。

後ろから髪を引っ張られたり、椅子をガンガンされたり「てめぇ何だまってんだよ」と脅されたり。ほかにも上げたらきりがないですが、小1でもこういう言葉遣いの子っているんですよね。それがお構いなしに毎日続きました。

母親から汚い言葉遣いも乱暴な態度もすべて鬼のような権幕で怒鳴られて禁止され続けてきたので、精神的なところから既に他者に対して一切の抵抗ができませんでした。

そんな中でもできた少ない友人に対してさえ、常に自分が親に求めている自分の存在を認めてくれる人を求めようとしていました。

自分を好きな人。自分のことを気に入ってくれる人。否定しない人。怒らない人。それが昔の私にとっての友人でした。自分がここにいていい、生きていていいということに許可をくれる人を友人だとしていました。

つまり、私にとっては「こんなダメな自分を許してくれた人」だったんです。

自分から誰かを好きになったことはありませんでした。だってそれは許されないことだから。自分の居場所、生きていい理由を決めるのは他人だから、他人から選ばれる以外にそんな自分が他人に声をかけるなんておこがましい。

そんな風に本気で思い込んでいたんです。無意識的に。それがのちに強烈な承認欲求として表れていました。

女性と上手く話せなかった学生時代

中学高校と進んでますます承認欲求は濃くなっていきました。女性からモてたいという願望は日に日に強くなっていって、前述のギターを引こうとした理由もこれが大きな理由。しかしその反面で、私は女性に対して相当に口下手で、女性を前にすると何を話していいのかがさっぱりわからなくなってしまうような人間でもありました。

多分これは母親という女性との関係性で培われた女性恐怖症でもあったんだと思います。

加えて私は、女性にもてたいと思っていただけで他に何かしたいと思ったことはなかったんですよね。

女性に認められたい、好かれてみたいだけで、

付き合いたいとか、話したいとか、やりたいと思うことがさっぱりなかったんです。

つまり私は、女性に認められるためとか、許されるためだけにモてたいと思っていただけだったんです。

勘違いでなければ、自分に気がある人も何人かいました。でもあちらからくることはなくて、こちらを待っていた人がすべてでしたね。当然私はヘタレであったためこちらからいくことはできませんでした。

でもその中で本当に一回だけ、米粒程度の勇気を振り絞って声をかけて、デートするまでこぎつけたことがあったんですが、なんと一言も相手と会話をしなかったのです。

その日は一緒に電車にのったりカフェにいったりしたんですが、終始無言です。

信じられますか?私自身信じられない光景なんですが、

あの、誰か死んだんですか?」というような雰囲気でしたね。

お通夜状態

もちろんそれ以来、相手からは何の音さたもなく自然消滅しました。そりゃ相手も嫌だったでしょう。めちゃくちゃつまらなかったでしょうし、きまずかったでしょうし、せっかくの休日だったでしょうしね。

そんな感じで私は、ただひたすらに人に認められるだけに生きて、そんな認めてくれる他人をまっていただけだったんです。生きている理由を、許可を、意味を得るために、それを他人から与えてもらうために待つ日々を送っているだけでした。選ばれるためだけに行動して、他人の目にかなう自分になるためだけに生きて、待ち続けていただけだったのです。

しかしそんな自分の思いとは裏腹に、その受け身な態度を「きもい」と時に率直に言われもしたこともありました。「何考えてるかわかんない」「苦手」とも。

よく考えれば、むしろこっちの方がずっと多かったですね。

そりゃそうだ。考えてみれば、ただモてたいと思っているだけで何もしゃべらない、何を考えているかわからない男が目の前でじっとしていたら、そりゃ気持ち悪いでしょうと自分も思います。

どんなに見てくれをよくしたところで、所詮は形だけで肝心の中身は昔のままでキョドったまま。他人におびえ続ける自分のまま。そんな人間がかっこいいわけでもなければ魅力的なわけでもなかったのに、私は少しおしゃれをして髪形を整えただけで自分をかっこいいと思っていて、だからこそもてたいだなんて本気で思っていたんです。

そういった経験、自分の期待に対するいろんな裏切りから、私は自分は女性に対して無価値で無力なのだと感じるようになり、女性不信が一層強くなってしまいました。自分から女性に話しかけることはもうほとんどできなくなっていましたね。

それがマシになったのは社会に出てから、それも、承認欲求を捨てる取り組みを始めて、それができ始めたころです。

ごく最近なんですよね。それでもまだまだ抵抗は全然あって、本当は自分のことバカにしてるんじゃないか、とか、この人も影では自分の悪口をいっているんだ、と勝手に決めつけて、常に疑いの心で接する自分から変わるのは結構時間がかかりました。だから一様に距離を置くことが多かったため、本当に仲良くなれた女性はほとんど0に近かったのです。

幼い自分をひきずったまま大人になって

誰に対しても幼い子供の頃から繰り返し続けてきた、誰かにほめられることで関係性をもとうとする人間関係。許されることを目的とした人間関係

それが仇となって、対等な人間関係の構築という経験をせずに生きてしまっていたから、他人に対して常におびえ、相手に気に入られなければならないという強迫観念を伴って生きる人間になりました。

社会に出てからもそれは変わることはなく、仕事をするのは稼ぎたいからではなく、自分で生活してみたいという欲求からでもなく、単にみんなが働いているのに自分が働かないのはおかしい、嫌われる、許されることではないから、という理由からで、いい仕事をしようとするのだっていい仕事をした方が褒められるからというのはもちろん、仕事ができない人間というレッテルを張られたくないという消極的な受け身の理由が主でした。

相手の価値観や趣向性、考え方などに自分のすべてを差し出していました。自分の全てを他人のそれに上書きしようとしていました。それが悪だろうと善だろうと関係なかった。だから私は付き合う人間によってまるでカメレオンかのように悪い人間になったりいい人間になったりしていました。

ただなんとなく周りと同じもので自分の人生の道をきめて、嫌われないために「無難」なものを選んでいる自分は、いくら年をって成長しても変わらなかったです。

気づけば私はそんな「自分がない人間」になりはてていました。

齢二十歳を過ぎても、自分の好きなことも嫌いなことも何もかも、自分が本当にしたいことが何なのかが一切わからず、幼い自分をはるか昔に残したまま体だけが大人になった自分がそこにいたのです。

人目を気にしたり、相手の言う事に逆らえなかったり、褒められただけで有頂天になったり、けなされたりするだけで深く傷ついたり。

そんな自分が子供のころからずっと変わらなかった。大人になれば変わるとどこかで思っていたのかもしれませんが、そんなことはおきませんでした。

考え方や価値観は、自分がそれを変えようと思わない限りは変わらないものなんですね。

そしてうつ病になった

そしてそんな自分が社会に出て半年、それが原因でひどいうつ病を患うことになります。

他人に本気でどうしようもなく嫌われ、周りから冷たく扱われ、無視されるという、たとえ人に好かれようとしたり実際に好かれてもまるで手の平を返す化のように他人はこれほどまで簡単に自分のことを嫌うのだという初めての経験を前に人に認められることすら信用ができなくなり人生に絶望することになりました。

職場の先輩と上手くいかず、嫌われ、さまざまな嫌がらせを受けるようになりました。その決定的な原因は今思うと自分にあります。それは私が会社の中の新人の中で評価されて、つい浮かれてはなったあるセリフでした。

その会社には休日に会社にきて勉強会をするという風習がありました。それも無給で。なぜ無給なのかといえば、自主的に社員が勝手に勉強しに会社にきているからという名目だったからです。

でもその勉強会にはおかしなところがあって、その勉強会に出ないと出世できなくなったり、社内での立場が悪くなるというのがあったのです。つまり勉強会といいながら、社内評価というものにつながる実質的には出席必須の会だったわけですね。

実際そこではリーダー研修といった、リーダー役職に上がるために受けなければならない必須の研修が合って、正直いって勉強会という名目は会社が給料を払いたくないがためのただの言い訳のようなものでした。

今思えば完全にブラックですね。実際そういう体質の会社でした。

私は評価されている自分に気づいていて、少し気が大きくなっていました。天狗にすらなっていたのかもしれません。その会社のその仕組みについて批判的な意見を同僚と交わしていたのです。それも会社の中で。

「なぜ休日に会社にこないといけないんだろうね」「給料出ないんでしょ?」「ただの奴隷じゃん」、と。

それがその先輩の耳にどうやら入ってしまったようなのです。その日を境にいろんな嫌がらせがはじまりました。仕事をわざとふらなかったり、会議を開いて私の失態を晒上げたり、こいつは信用できないからもう仕事回さないとチーム全員が集まる会議の中で言われたりしました。

私はこれ以上その先輩にも周りにも嫌われないために、色々と根回しをしようとしたり、とにかく必死でした。しかしその労力も無駄に終わり、私は非常に肩の狭い環境の中、激しく体をこわばらせ、極度の緊張状態の中仕事をするようになります。

それは相当の、かつて感じたことのない強烈なストレスでした。冷や汗ダラダラ、頭から肩、背中にかけてまるで内側から激しくつねられ、つりあげられているかのような激しい痛み、吐き気、とても回らない思考。

仕事ではミスを連発し、ほかの先輩たちにも迷惑をかけ、一気に「使えない社員」になりました。

それが半年以上続き、ついに私の精神はそれにもちこたえらなくなり、ある日突然、パソコンで仕事をしている最中、キーボードを入力する指が止まってしまいました。

当時はその先輩もあまり社内におらず、当時に比べれば比較的和やかな環境ではあったのに、極度の緊張状態の中でずっと仕事をするうち、それが癖になってしまったのか、家に帰ってもずっと緊張している状態が続き、毎日猛烈に疲弊し、ストレスで過食気味になり体重は10kgも増え、顔からは完全に生気が抜けていました。

その日を境に一切の仕事ができなくなってしまい、休職を余儀なくされ、それでも治ることがなく必死にそれでも働いたのですが、最終的に会社を自主退職という形でやめることになりました。

それからの自分を変えるまでの約10年間はまさに地獄。毎日が極度の緊張による激しい頭痛、まるで重くのしかかり内側からつねられているかのような激しい背中の痛み、けだるさにさいなまれ、もはや生きているのかどうかすらわからない朦朧とした意識の中暮らしていたのです。そのおかげで髪の毛もほとんど抜けちゃいましたね。

それでも一人暮らしであったため仕事をしないわけにもいかず、親にはその時点で怨みしかなかったため頼りたくもないと思い、その症状を引きづりながらアルバイトで必死に仕事をする毎日でした。

アドラー心理学との出会い

「頭も背中も方も猛烈に痛い。まるで内側から思い切りつねられて引きつられてるみたいだ、苦しい、しんどすぎる」

「この状態のまま生きていくのはもう無理だ…」

「もう自分死ぬんだろうな。なんだったんだろう、自分の人生って」

おぼろげな意識の中ふとそう思った。ついには自殺しようと部屋のベランダから身を乗り出そうしたけど、結局未遂に終わりました。マンション7階から見下げた地面はあまりにも遠く、見ているだけで足がすくんできてとてもできそうにありませんでした。今思えばそう思えてラッキーっでしたね。

もちろんこの期間、うつ病を直すにはどうすればいいのかについて色々調べたし、病院にもいって診断をもらい、お薬も一時期もらっていました。しかしそれもどれも効果はなく、かえって症状がひどくなるなど、逆効果ですらありました。

もはや打つ手なしの絶望感にさいなまれ、もう後がなかった自分

しかしそんな時ついに「嫌われる勇気」という本に出会いました。その本に書かれていたことを読んだときの"衝撃"、今でも思い出せるくらいに強烈に記憶にのこっています。

まるでこれまでの自分の人生の全てがそこに記されてでもきたかのような、今まで自分が感じてきた生きづらさ、そしてうつ病になり、絶望のどん底に今いる自分を、的確に、的を得た説明で解説、語ってくれました

私が承認欲求お化けになっているということに気づいたのも、その本をよんだおかげです。

自分がこれまでごまかしてきた自分の弱さ、置き去りにしてきた「幼いままの自分」に向き合う機会をあの本は私に与えてくれた。それから私はその本をベースに、人に嫌われることを気にすることがどんなに意味がなく、自己中心的発想で何より自分が苦しい、なんら生産的でないことであったことをかみしめながら、自分を変えるためにあらゆる自己分析をしそれをブログにも書きながら日々自分を変える毎日を送るようになりました。

一人のただの人間として生きていこうと思えた

そうして私は承認欲求が自らの幼さ、アダルトチルドレンの気質からきているということに気づき、「他人ではなく、自分のことは自分で決める」という自分軸の人生に変えていく取り組みを始めました。

そうして5年以上の時が過ぎて、今では背中の痛みや欝の症状も治り、問題なく健康的に暮らしています。

今の私は単に自分で決めてそれを自分で好きなように楽しむ、というだけの単純な人間になりました。そして今なら、人生なんて言うのは最初からこんなに単純で気楽な人生で十分であったということは、今ならよくわかります。

他人に決めてもらう必要はなかったし。誰かに認められる必要もありませんでした。人生に意味なんて必要なくて、ただ自分が生きたいように、何も背負わずに自然に生きてよかったんです。

誰もが憧れる素晴らしい人生を送る必要もないし、反対にみじめだといわれる人生を送ることになっても、そんな周りの目からの評価なんてどうでもいいんです。

全部好きにしていい。自分で決めていい。誰かの許しも指標もアドバイスも何も必要なくて、自分がその時に感じた感情や感覚、思考を素直に持っていていいのだと。

別に仕事もできてもできなくても何でも構わない。誰かにとっては大したことでも素晴らしいことでも何でも構わない。自分で決めて自分で楽しむそれだけでいいんです。

そうやって自分で自分のことを決めて、感じて、何かをして生きていく。そうすると、自分のことを自分でやるってことがいかに自然なのかがわかった。

そんな単純なことを繰り返して日々を過ごして前に進む。それが生きるってことで、それができるのが大人だったんだ、と気づくことができたわけです。

大人って実は単純で、自分で考えて自分で決めて自分で生きるだけだったんだです。正解であるかどうかなんてそれは関係なくて、ただ自分が自分で決めているかどうか。それだけのことだったんだったんですよね。

大人として生きていくことできるようになってようやく、これまでずっと頑固な油汚れのようにしつこくつきまとっていた承認欲求から解放されました。

そしてもう誰かの承認に頼らずとも、自分で自分の答えをだして考えることもできるようになったし、自分のやりたいことも見つかって、今はそれに向かってひたすら突き進むことができるようになった。

そして、誰の承認も必要としない孤独の状態で自分という存在だけで他者と対等にぶつかり、関係を築き上げていくことで、

より成熟した大人へと成長していくのだと、そう思うようになりました。

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自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間うつ病でしたが、多くの自分の歪んだ思い込みに気づきそれを捨てることで独学で立ち直りました。その「気づき」の記事を本ブログにて日々更新中です。
一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のことで疑問に思うことなどなどについて考えたことを色々まとめています。

 

7 件のコメント

  • 今まで人からどう見られるかとかすごい気にしてました。将来のことですごい悩んだりしてて息が詰まってうつ状態でした。しかし、この記事を読んで納得しました。人に何かしてあげる事でいつも欲求を満たしていたのですが、それは違いますよね。自分の好きに生きていいんだって思ってなんか心が軽くなりました。
    前向きになれました!ありがとうございます

  • 私は17歳の時に初めて『嫌われる勇気』を読み、あなたと同じように衝撃を受けました。そして承認欲求を求めることの無意味さを頭では理解したつもりでしたが、今までの生き方をそんなに簡単には変えることができず、19歳で鬱になりました。その時思ったのは、承認欲求を求めるべきではないということを頭で理解できても、実際に行動することはかなり難しいということです。しかしもう一度本気で自分を変えようと思い、『嫌われる勇気』の内容を一つ一つクリアしている最中でこの記事と出会いました。あなたの記事で私は勇気づけられました。ありがとうございます。私も頑張ります。

  • 若い時間をそうやって過ごしたのは、その時の心身の苦しみも、多分その後の後悔も、本当に辛かったでしょう。
    同じような人生を歩んできた者として、お察しします。(途中まで自分の話かと思ったくらいです。文章できれいに表現されたものを見ると、他人事ながら少し救われたような気持ちになりました。)
    あなたの「ガンコな油汚れのように付きまとってたもの」が落ちて、本当に良かった。おめでとうございます。
    これから健やかな毎日が続くことをお祈りします。

  • 大丈夫ですよ。
    多分そんな深い意味で、なんとなくコメントしてるだけだと思いますから。笑
    あなたは良く考えているし、いい記事だと思いますよ。読んだ人の1%でも、為になったら、それでいいんじゃないですか。
    別に承認欲求があることが悪いこと自体は悪いことじゃないですから。その強さの問題でしょう。
    人に迷惑かけたり、不快にさせたり、自分を必要以上に孤独にさせるレベルの承認欲求なら問題ってことだと思いますよ。
    ですからあなたの記事ややっていることは、それに当てはまっていないし、正常範囲の欲求、ということだと個人的には思ってますよ。
    そのまま突っ走ってください。

  • あなたが 誰かの役に立つようにと発信している情報も、誰かにとっては ただの[承認欲求]で[幼稚]と受けとめられているかもしれませんね。

    思い込みや、観測地点によって解釈が変わるものですね。

    これからのご活躍ご健康も願っております。

    • おっしゃる通りだと思います。思い込みや、観測地点によって解釈が変わるという点については。

      人が何をどう解釈するのはその当人の解釈や、目的に依存するからです。

      なので、ある誰かが私の記事を内容を”ネガティブ”に解釈したり、”ポジティブ”に解釈したり、解釈の形は人の数だけあるのだと思います。

      そしてそれは、読み手の方がそのように読もうとする目的や都合がそうさせるのだと思います。

      なので、「この記事は著者の承認欲求を満たすために書かれたものだ」という解釈もあるでしょう。

      より直接的に言えばその読み手の方にそのように解釈したい目的があるからそのように読めるのだと思います。人は他者を自分の鏡のように使っていて、自分がある他者の内面を理解しているかのように見えても、実際には他者に映る自分自身を見ているだけにすぎないのです。

      なので、正直私はあるがままよさんの指摘に面食らいました。そんな風に書いているつもりは私にはありませんでしたので…

      また、「誰かのためになる」というのも、実はかなり曖昧です。個人の視点から見た「誰かの役に立つこと」とは、より正確に言えば、「もし自分がある他者の立場だったらこういうことが役に立つだろう」ということであって、結局は自分の役に立つことでしかありません。

      悪魔でその他者は仮想であり、その正体は主観、自分でしかなく、実際に相手の立場に立てる人というのはいないと思います。

      この記事の読み手の話にもどりますと、私を含め人によって記事をどう読むのか、何のために読むのかはそれぞれでしょうから、私自身を除いてそれぞれ読んだ方にとって具体的にどう役に立つのかもわからない。

      私の想定した目的に近い形でお読みになるかもしれないし、全く違う解釈をされて、(例えば何らかの攻撃性があるように解釈した等)却って気分を害したり、不利益になってしまうかもしれない。

      しかしやはりそこは、読み手の方である他者の都合なので、その方々がどう読もうとするか、どう考えるのかはそれぞれの課題であって、私にそれをどうこうすることはできない。

      と、こう私は考えております。

      つまり短くまとめますと、あるがままよさんのおっしゃる「誰かにとっては ただの[承認欲求]で[幼稚]」がどうだろうと、それは私の課題ではないということです。あえていうならそれはあるがままよさんの指摘する誰かにとっての課題でしょう。或いはあるがままよさんご自身の課題かもしれません。

      ところでもし差し支えなければ、もう少し具体的にありのままさんご自身のお考えをこちらに書いていただくことは可能でしょうか?

      特に「誰かにとっては ただの[承認欲求]で[幼稚]と受けとめられているかもしれませんね。」が何故そう思われるのか、どこから来たのかについて、より詳しくお聞かせいただければと思うのですが…どうでしょうか?私はあるがままさんの頭の中を覗くことができないので全くわからないのです。

      ぜひご教示頂けないかと…

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