私の鬱は完全に「甘え」だった!





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本サイトご利用の前に、ぜひこちらの記事をご一読ください。このサイトの趣旨などについてご紹介いたします。

 

注意書き追記 この記事はタイトルにも明記している通り、「私自身のうつ病」に関する記事です。

私自身のうつ病の捉え方と、それに対して立ち向かうことについて書いております。

他の方のうつ病に対する記事ではありません。現在いろんな方からこちらの記事にコメントを頂いておりそれぞれ返信させていただいていますので、もし何かの参考にしていただけるのであればそちらも見て頂ければと思います。

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私のうつ病は、脳の病気だとか過労からくるものではなく、自分の認知の歪みが原因のものでした。

幼い頃からずっと置き去りにしてきた自分の幼い精神性が原因でした。他人に甘え、許してもらわないと自分を認めることができていなかったのです。

その幼い精神性についてはこちらの記事で書いておりますので、もしご興味があればこちらを一読いただければと思います(^^)/。

「自分は他人に理解されている」ということが思い込みだったことに気づいたとき

会社で休職手続きをしたときの出来事

当時私は会社の中の人間関係の問題でうつ病を発症し、仕事が全くできない状態になっていました。先輩に陰湿ないじめをされ、それが引き金となって常に頭と肩と背中が何かに吊り上げられているかのような神経痛と、頭は重く冷や汗が噴出しづつけるいうような、今まで感じたことのない壮絶な恐怖感と感覚の中で仕事をしていたため、それに精神が耐えられなくなり、発症しました。

それに耐えられなくなり、休職の申請を総務部長にしている最中でした。

自分はうつ病であると事前に宣言していたので、回りに「自分を大事に扱ってもらえる、思いやってくれる」「こんなにつらい思いをしているんだから気を使ってくれるはずだ」と思っていました。

特にその申請をする担当の総務部長は私が入社当初から優しい方で「最近どうだ?」「仕事は順調?」と声をかけてくれるような気さくな人だったので、そう期待していたんです。

ところが休職の面談の中で行われたそのやり取りでは

「いつ復帰できそうですか?」

「休職は2ヶ月まで。それ以上伸びるなら退職してもらうから」

「君は優秀だったと聞いていたけど残念だね。将来有望だと思っていたんだけど」

と、終始淡々としていて、私のそんな苦痛の気持ちをに対するねぎらいの言葉とか「大丈夫?」みたいな温かみのある言葉は一切ありませんでした。

目の間にいたのは、いつものやさしそうな表情をした人ではなく、ゴミを見るかのような冷たい表情の冷徹な人だったんです。

すごくショックでした。ひどい裏切りを受けたような。この人だけは私をいたわってくれる、そう信じていたのに。

自分はこんなにつらいのに、なんでそんな冷たくてひどい顔ができるのか。そんな態度が取れるのかって。

そんな自分の気持ちなど部長は1ミリも汲んではくれないようでした。

むしろ「2カ月以上休職するなら自主退職してもらうから」と、半ば脅しのようなことばかり言われたので、

「あの人がまさかこんな風な人だったなんて…」

とショックを隠せずにはいられませんでした。

今思えばその会社は離職率も高くて、社員が体調を崩すと辞めていくことが多かったのですが、そうやって人を使い捨てにしてきたのだと思います。

「壊れればもうそいつは人間じゃない」「役に立たない人間はいらない」

後から聞いた話では総務部長は自分の退職金にしか興味がなく、がめつい人だったことがわかりました。

「あの良い人柄は退職まで安全にすごすための見せ掛けにすぎなかったのか」

そう考えただけで「裏切られた」という強烈な感覚と吐き気に襲われ、

また回りの私に対する腫れ物を障るかのような、よそよそしい態度にも耐えられず、その日は会社を早退して家でずっと泣き崩れていました。

その後2ヶ月休職したものの、結局体調も万全に戻らず、復職後はそれから自分なりに必死に働くも結局治らず、やむを得ず退職の意を伝えたときには

「退職後の1年間は同業種での就業は禁止です。」

「ではここにサインと印鑑をお願い。」

「はいこれで終わりです。お疲れ様でした。」

と相変わらず淡々とした調子で進むだけでした、私の事なんかよりも他の総務のメンバーとくだらないおしゃべりすることの方が大事そうでした。

彼にとって私はほとんど興味ゼロ、既にほぼいないような存在でした。



親にも相談したけど…

休職をしようと思ったときは、親にも休職のことを相談しました。

うつ病になってしまったことも伝えて、ちゃんと話せば自分のつらさを分かってもらえて、同情してくれるだろうと、わかってくれるだろうと。ところが…

「うつ病なんて情けない。ただの仮病でしょう?」

「会社やめたら家を追い出す」

「ニートなんて絶対許さない」

といわれ、私がうつ病で苦しんでいることなんて眼中にもなさそうでした。

親でさえも、自分のことなんかどうでもよかったのです。多分母は世間体を気にしていただけだったのでしょう。それを私にも習わせることしか頭になかったのだと思います。

「もう誰も信頼できない」

その日を境に一気に人間不信が爆発し、親とも誰とも一切口を聞かなくなり休職期間中にも関わらず衝動的に部屋探しを始め、約1ヶ月で家を飛び出して一人暮らしを始めていました。

一生一人で生きてやる。誰にも頼らず。

そういきまきながら。収入ゼロなのにね。今にして思えば相当に無謀なことをしたと思っています。働くことすらできないような精神状態だったのに。バカだったなぁと思います。

でもそれくらいバカにならないと、私はあの家でずっと母からねちねち小言を言われ続けていただろうし、ずっと親に支配され続けて苦しみ続けて生きるしかできなかったと思います。

休職中とはいえ会社には在籍中の状態でしたから部屋はすぐにみつかりました。

しかし体はろく動かず、休職期間中はずっと一日中部屋の中でじっとしていて、ぐったりと寝ている日々が続いてました。復職してからも度々欠勤し、出勤すれば会社からボロボロの状態になって帰ってきてはぐったりとしていて、ずっとひどい前述の神経痛に悩まされる日々が続いていました。限界がきて結局は会社を退職し、それから1年くらいニートをして、ようやく体が動くようになったころには貯金も大分減っていました。それからはアルバイトをして生計を立てていましたね。

いろいろ自分なりに大変な思いをしましたが、それでも親を頼ったり実家にいるよりは精神的に相当良かったとは思います。あそこにいたら多分再起不能になっていたでしょう。社会復帰なんて夢のまた夢、ずっと親に飼殺されていただけだったと思います。

母親から離れて

今現在の話をしますと、父親も含め親とは連絡を取っていない状態ですが、今では関わる理由がないから関わっていないという感じです。

恨みなどではなく、単に興味がないから関わっていないというか。

不思議でした。当時は母親に認められたいという一心もあって、母親を見返してやりたいとかこんな風に育てた母親に復讐してやるとか、

母親に「あんたの教育が間違ってたから自分はこんなに苦しんだんだ」っていうことを証明しようとしてました。

無言の家出もその一環です。そうすれば「なぜそんなことをしたのか」と母親が考えてくれるかもしれない。自分が悪かったかったんだって反省してくれると思ったんですよ

でも母親は全くそんなことを気にしてない様子でした。突然電話をよこしたかと思うとあっけらかんとしていて、「たまには連絡してよ」「なんで電話無視するの」と自分のことばかり

私の本心、心には無関心だったんですね。こちらの気持ちなんか少しも気遣ってはくれない。

ただ母親は母親の都合で私とかかわっていただけ。私のためなんかじゃなかったんです。

母親には愛想も尽きてそれ以来ずっと着信拒否するようになったんですが、

それでも認めさせたいという強烈な気持ちだけはずっと残っていて、母親に対する憎しみだけはずっと頭を離れませんでした。

「母親を分からせたい。母親が悪いってことを証明したい」

結果毎日毒親関連の本を読み込んだり、同じ境遇の方の動画を見て共感しようとしたり、掲示板を除いて他の人達の毒親経験談を読みあさりながら、母親の非を探すことに必死でした。

うつ病を治す中で起きた”変化”と”気づき”

しかし、ある日アドラー心理学に出会ってからそれを学んでいく中で、自身のうつ病の原因がそんな自分の強烈な承認欲求から来ているということがわかってきました。

思えば部長や他の会社の人達への自分に対する思いやりの要求も、母親への復讐心も反省への期待も全て「自分を認めて欲しい、自分は何も悪くないということを誰かに認めてほしい」という欲求が根本にありました。

それが一向に満たされずひたすらに裏切られ続け、それが絶望感となり自身をうつ病に追いやったということに気づいたわけです。

それ以来そんな自身の認知の仕方、くせ、価値観を変える日々を送るようになっていきました。毎日がいろんな気づきの連続で、そのたびにメモに書き取り、かれこれ5年以上続く日課になっているので、多分100万文字は超えているじゃないかと思います。アドラー心理学を元に、そもそも人は元から孤独であるということについて徹底的に突き詰め、自分の心に癒着した他人の存在を切り離しながら少しずつそれを受け入れていきました。(それをこのブログに記事としていろいろと残しております。)

それだけたくさんの歪んだ思い込みをしていたんですね。

気づきと認知修正をしていく中で少しずつ承認欲求が薄れていきました。するとそれと同時に母親に対する興味がどんどんなくなっていきました。

承認欲求から脱していけば脱していくほど、「母親に彼女自身の否を認めさせたい」という欲求が無くなっていったんです。

その時気づいたんです。

私だって母親自身の気持ち、母親の心に無関心なんだってことに。母親にされたいことしかなくて、したいことは何一つもっていなかったということに。

母にしたいこと、母としたいことが何もなかったから、承認欲求を捨てていくと関わる理由が何も残らなかったのです。

その時に気づいたのです。私は母親を自分の思い通りにして自身の承認欲求を満たすことにしか関心がなかったのだということに。

それって母親が自分を母親の思い通りに従わせようとする気持ちとほとんど同じなんじゃないか、ってことに。

それを私は、母親だけではなく他人に対しても同じように求めていた。誰かに「好かれたい」「評価されたい」それを得るための「こうしたら好かれる」「嫌われないはず」という、本来他人が決めることを全部自分で勝手に決めたあげく、実際にそうでなかったときには「裏切られた」、「誰にも好かれなくてつらい」、「悲しい」と絶望したりと、

勝手に勝手を重ねた、身勝手すぎるルールを無意識に他人にも自分にも強いて、勝手に絶望していたのでした。

私は自分の思いとは裏腹に、あんなに嫌いだった母親とそっくりな人間だったのです。あの人みたいにはなるまい、そう息巻いていたことすらあるのに。

彼女と同じ、誰かにひたすらに自分のしてほしいことを求め続け、コントロールしようとしていただけの人間だったのです

私は知らず知らずのうちに毒親の素質を受け継いでいたのですね。

今までの人生で自分を好きになった人ばかりを好きになったのも今思えば、他人をコントロールするために自分に強いてきた”犠牲”を、まるでその人がすべて認めてくれたような、それで報われたかのように感じたから、という理由だったように思います。

その理由でしか他人と関わる理由がありませんでした。

これまでずっと他人をただ自分の承認欲求を満たすための道具として使っていただけでしかなかったのです。

私に本当の意味で友達といえる人はずっといなかったんです。仲のいい人、自分が好きだと心から思っている人なんていなかったんです。

そんな自分に気づいてからしばらくして、かつて私に冷たくあしらった総務部長や腫れ物扱いした先輩や同僚に対しても恨みや期待はなくなり、単に彼らはそれぞれの都合で行動していただけで、私はその人たちに自分の都合を無理やり押し付けようとしていただけなんだな、と思うようになりました。

相手のことをずっと悪い人たちだ、血も涙もない人たちだと思っていましたが、そんな風にいろんな理由をみつけてきて必死に自己正当化しようとしていたことが却って自分を苦しめようとしていた自分が居たことに気づけました。

私がどんなに苦労していようが他人には関係がない。

当時私は絵も描いていましたが(幸い今も続いている趣味であります)、自分がとてつもない労力をかけて描き上げた絵であっても、一向に評価されることはありませんでした。

それに対して「なんで評価されないんだ」「どうして褒めてくれないんだ」と一々悲しくなったりイライラしたりして絵を描くのが楽しくなくなったりしていました。やがては思ったようにうまくなれない自分にもイライラして、絵を描くこと自体がつらくなってしまいました。

でも私がどれだけ努力しようが苦労しようが、他人がそれをどう感じるかは関係ないんですよね。

それはどこまでいってもやっぱり他人の勝手なんです。それを見た他人がそれを見て気持ち良くなったり、感じるものがなければ、せいぜい多く見積もって「よく描かれた絵だなー」程度の認識しかされない。またはそれででも興味を引くこともなく無関心に目もくれないことがほとんどなんですね。

それを私は一切コントロールできない。当たり前の話なんですけど、当時の私はこれを自分の努力で本気で思い通りにできると思っていたんですね。それを前提に考えて生きていたからこそ、何をするにも他人の評価を自分のやることに結びつけないといけなくて、でも満たされないばかりか否定すらされて、生きづらかったわけです。

他人は皆自分と同じなんかじゃない

他人と自分の課題の分離をしていく中、他人と自分は全然違うことを考え、全然違う感覚や感性を持っているんじゃないか、という風にも思うようになっていきました。

というのも、皆生まれた環境や場所、価値観や文化もその全てに至るまで違うので、そこで経験することも全然違うだろうからです。

同じ日本であっても、家族ごとに考え方や価値観は違いますし、母親と父親ひとりずつでも全然違います。当然その子供も兄弟もみな違います。

同じ価値観で生きるのではなく、違う価値観をもつ者同士が共同生活するのが家族だったんですよね。私はそれを、家族は皆母親の価値観や基準に従っていなければならないものだと思い込んでました。

自分が感じた何かや経験が自分の性格や価値観、考え方、感性、大事なものを作る。そしてその経験が環境によって、つまり周りの人やものが皆バラバラなら、それぞれ全然違っていても当然だったんですね。

でも私は、すべての他人は自分と同じ価値観や考え方を持っている、持っているべきだと思い込んでいたんですね。だから自分が悲しんでいたり、つらい気持ちでいたら、それを察してくれていたわってくれるのは当然だと思い込んでいた。それを普通のことだ、常識なんだから、と思っていたのです。

でもその正義や正しさといった価値観は、この世の常識や普通といったものではなくて、自分が勝手に思い込んでいたことでしかなかったんです。なぜなら、みんな価値観や考え方がバラバラだから。

バラバラであれば、みんなが信じている普通や常識なんて言うのも最初から本当はなかったということになります。しかし私は母親に「こうするのが普通でしょ」「当たり前でしょ」「常識でしょ」と口酸っぱく言われ続けましたから、それがあるものだと刷り込まれていたわけですね。

母親から教えられたいろんなことは、常識や普通といったみんなが信じているものなんかではない、すべて母親の世界観の話でしかなかったんです。母親もおそらく自分が勝手に思っていることをみんなの普通、常識だと思い込んでいた。それを私は真に受けていただけなんです。

「あなたのことなんて全部わかっている」なんて母親はよく言っていました。でもそれもみんな母親のただの思い込みで、私はその母親の言い分を怒られないために無意識に服従して、そう思い込んでその通りに演じていただけなんです。

きっと、誰も誰のことも本当は何も知らないんです。

察してもらえないのはむしろごく自然のことだったんです。気遣ってほしいのならせめて自分から言葉にしてしてほしいことを伝えないでも限りしてもらえる機会すら得られないんですね。

それは私も同じ。私も他人の気持ちなんて少しも知らなかった。でも私は、それを話さずともわかっているはずだとずっと思い込んでいたのです。だから察しているつもりだったのですが、現実は察してなんかいなかったです。「この人はこう考えているに違いない」なんて全部自分の勝手な思い込みで、そんな自分の勝手な決めつけや妄想で暴走していただけでした。

人はそれぞれが独立した”個”であるから、価値観も考え方もバラバラ、理解され合うなんてこともできやしないんです。他人の頭の中で起きていることを人は何一つ感じられていないのだし、知りもしないんですからね。

それについて考えてみれば見るほど、人と人は違っている方がむしろ自然だ、何もわからないのだから、理解なんて到底できるものじゃない、という風に思うようもなりました。

そしてその時思いました。

なんだ、だから人ってこんなに適当で自分のことしか考えてないんじゃないか、ってことに。

いわゆる健康的でいつも快活な元気な人って、その“適当”さがあるからなんだって。少なくとも私みたいに他人を本気で理解しようとして、できると思い込んで”背負って真面目な気になっている自分”からしてみればずっと。他人を「絶対にこう考えているに違いない」と執着することもなく、ただなんとなく、適当に思って適当に言っているだけなんじゃないかって。他人に対する執着は私に比べたらずっと軽いものだったんじゃないかって。

人はみんなバラバラ、自分の都合だけで考えているだけ。だから”他人の気持ちに対して適当”。そりゃ、私のことをいたわるなんてできるわけもないんです。

その方がむしろ自然だったんだって思いました。今までの私のように執着するかのように必死に他人に気を回さなくてもよかったんじゃないかと思ったのです。

そう悟った瞬間、肩の力がすっと抜けていったことを覚えています。

他人に対する執着心。恨み。妬み。そんな他人を責めたい感情、自分の都合を他人に求め執着する感情が、自分を苦しめていたのです。

他人に救われたかっただけ

「わかってくれるはずだ」

「この人なら理解してくれるはず」

「誰か私のことを認めてよ」

っていう、

他人の内面に対して何かを期待してしまう心。自分のことを理解していたわってくれると期待する心。

これが、自分を苦しめていた思い込みでした。

これを求めても、満たされないから苦しかったのですね。

これがなければ生きていけない。生きている意味がない。自分でそう勝手に、「他人の褒められることが人生における意味」だと勝手に思い込んで自分を追い込んでいたのです。

いつも不安で、他人が怖くて、自分に自信がもてなくて、だから安心したくて承認欲求を求めていたんです。全部自らが自らを追い込むことように作り出した不安たちだったんです。他人が怖い。他人は敵だ。だから他人に認められて、愛されて、時には自分を正当化して他人を屈服して、「あぁこれで自分は大丈夫なんだ、生きていていいんだ、ここにいていいんだ」と安心するために求めているものでしかなかったんです。

要は怖かっただけなんですよね。

だからその恐怖から自分を救ってくれる人、安心を感じさせてくれる人、自分よりも下だと思える人、つまり直接的、あるいは間接的に「ダメな自分を許してくれる誰か」にすがりたかっただけなんです。

親に許しを求めるように、自分が生きていてもいい、そこにいてもいいんだという許可が周りのどんな誰かからも欲しかったんです。

そんな他人の承認が必要なんだ、なきゃいけないんだと自分を追い込んで縋ろうとする他人の気持ちを期待する「甘え」が、かえって自分を苦しめていたんだ、と気づいたんですね。

しかしまぁ、こうして書きだしてみるとかなり複雑な思い込みをしていたようです。道理で気づきにくいわけです。手放しづらいはずです。どれだけこれまで複雑に難しく考えて自分を追い込んできたかがよくわかりました。

他人は救い主じゃない。私も他人もただの人間、皆自分のためだけに生きてるだけ

「人って自分の都合でしか生きていないんだ」

「でもそれで十分なんだ。私も他人も最初からそれしかやってないんだもの」

ということを他人からも自分自身からも、ほとほとに実感させられました。

他者には他者の都合がある。そして何より、自分には自分の都合がある。

他人は自分を救ってくれる神様じゃない。自分と同じただの人間だった。親だろうが何だろうがみな同じです。

自分を救いたいなら自分を変え、他人ではなく自分で決めて生きることを選ぶほかないと気づいたんですね。

“他人という救い主”という幻に甘えようとして作り出したものが私のうつ病

私が苦しんでいようがいまいが、「かわいそうな自分」「苦労している自分」であろうが、そんなの他人に関係ないし、それをどう思うのもどう接してくるのもすべて他人の自由です。

他人は自分の人生を決めてくれなんかしないし、保証もしてくれないし、都合よく与えてくれもしない。好きになってくれたりとか、愛してくれたりといったいつも自分に気持ちの良い何かを与えてくれたりはしない。自分を他人が好きになるのも嫌いになるのも他人の自由で、他人の都合。

他人は私を都合よく管理もしてくれないし、価値観や信条も個人でバラバラで、たとえ特定の誰かの価値観や信条に従って、同じになったとしてもそれで人生大丈夫なんてことにはならなかった。あらゆる人の価値観はほかの誰かの価値観とは合わなかったり、その中に絶対的な正しいものがあるわけでもなかった。普通や常識はあるようで実はなく、そこには何の救いもなかった。

要するに私は、考え方、価値観、信条、生き方、あり方といった自分が決めることを全部他人や外の何かに決めてもらおうとしてきたがために振り回され続けて、最終的にはその他人に対する膨れ上がった思い込みに裏切られ絶望したわけです。

それが私の「甘え」。他人に自分のことを決めてもらいたい。そしてその甘えによって作り出された生きづらさ、不自由さ、窮屈さ、うつ病だったんです。

甘えを捨て、孤独を受け入れ、自由を手に入れた

仕事を辞めたければ、素直に辞めればよかった。自分が苦しいって感じているのなら、それで充分すぎる辞める理由だったんです。

絵を楽しみたいなら、ただ描くことを楽しめばよかっただけ。誰かに評価されるかどうかなんてどうでもいいんです。

誰かの許可も賛同も基準も何もかもいらなかったんですよ。

自分が感じること、考えること、やること。そこには自分だけしかいなかったんですよね。

自分の決断を下せるのは自分。自分のやることを考えるも自分。自分の生き方を、感じ方を、決めることができるのは、自分だけ。

だから「もう変わろう」と、そう強く感じてこの数年間必死にもがいたわけです。

そうして変わった私の世界は、当時の自分の世界観からは見違えるくらいに静かで孤独で、

でもとてつもなく自由で面白いものになったんですよ。

他人に対する甘え、期待。そういうもののすべてを捨てると、人生というのは簡単に身軽で自由で面白いものになってしまった。

他人の目を気にする理由がなくなると、他人に対する義務も重荷もすべてなくなってしまうんです。

その感覚はどこか空虚なもので、最初はそれが寂しい、こんな人生に意味なんてあるのかとも思いました。

でもその違和感は、これまで自分がその虚無感を感じるくらいになるまでに、自分自身を、自分独りという自分の存在を否定してきたからだけだったんです。

それを受け入れたら、それは安らぎに変わりました。

当時の自分の、どろどろとどんよりとした沼地のような景色の甘えのレンズを通してみた世界と比べて、そんな私の今の目の前に広がる世界は、カラっとした夏の空のような涼しい光景になっていたんです。

「仕事ってこんなに気軽にできるものなんだ」「絵を描くってこんなに楽しいものだったんだ」っていうことにも気づきました。何も背負わずに仕事ができるなんて、ただ絵を描いていること自体がこんなに楽しいものだったなんて、今まで感じたこともありませんでした。

そんな単純なことすら感じられなかったのも、すべては私は他人を恐れ、評価を気にすることが邪魔をしていた。他人を使って私は自分が感じる何かのすべてを台無しにしていたのです。

自分の世界のとらえ方ひとつでここまで見え方が変わるんだ。と、そう実感した瞬間でした。

そんな”ここ”をベースにして最近はいろんなことも学び始めるようになりました。数学や英語…学生の頃にサボてきた勉強が今自分にはとても面白い何かにように感じられます。

学ぶことが楽しいことであると発見できたのも、孤独を受け入れてからです。それまではこの世で最も嫌いなことでした。学ぶことを強制されていたあのころの自分から、自分で自分のやりたいことを決める自分になってからは、やり方やかかわり方も含めて自分で決めることができて、ほとんどのことを楽しめるようになりました。

そんな私の人生は、孤独を受け入れた瞬間に”始まった”のだと、強く感じています。



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自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間うつ病でしたが、多くの自分の歪んだ思い込みに気づきそれを捨てることで独学で立ち直りました。その「気づき」の記事を本ブログにて日々更新中です。
一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のことで疑問に思うことなどなどについて考えたことを色々まとめています。

 

71 件のコメント

  • 読むほど考えさせられる記事でした。また時間があるときに読みたいと思います。これからの参考にさせていだきます、ありがとうございました。

  • はじめまして。
    最初に謝罪を。私は鬱ではありません。
    ですが、昔から他人の目線を気にして自分の他人に対する期待や認められたい、気にかけてもらいたいという気持ちを強く感じクセのように毎日考えてそれを許に行動していました。
    最近になってソレをどうにかしたくて自分に言い聞かせながら生きていましたがうまくいかず、自分を甘やかしている現状だけが理解できていたので馬鹿な自分に嫌気がさしていました。
    今日この記事をたまたま拝見してとても気持ちが軽くなりました。
    私が自分の気持ちに対して言いたかった事はこれなんだと凄く腑に落ちました。
    他人は無条件に自分の事など気にかけてはくれないのだ。自分もそれで良いんだと思うことが出来ました。
    ありがとうございます。
    またこの記事を見に来ようと思います。

    • 他人を自分から少しずつでも切り離していくと楽になっていくと思います。

      他人に好かれてなくてもいい。気にかけてもなくても、何も関係させなくていいんです。

      ありがとうございます。どうぞ、好きな時好きなだけご自由にお読みください(^-^)/

  • はじめまして。
    自分軸他人軸について書かれた書籍・記事、様々読んできましたが、私にとってはこの記事がすーっと心に入ってくる内容でした。どうしても人からの評価、ねぎらいを求めてしまい、それではずっと苦しいままだと知っても、中々、受け止められずにいました。

    赤裸々に、丁寧に、ご自身の変化が綴られたこの記事を読んで、うまく言えませんが心が軽くなりました。

    ありがとうございます。

  • 読んでいて、考えが似通っている部分が多数ありました。
    以下は、この記事を読む前に既に私が考えていたことですが、
    相手が望んでいる理想どおりの人物になる=承認される=評価される。
    私は、うつ病になるまで、この考えのもと、プライベートでも会社でも生活してきました。
    他者からの評価、つまり承認欲求を優先して行動することは、自分の生き方・考え方を相手に依存することで、そのギャップに苦しみ、精神的に追い詰められるのではないでしょうか。

    解決策として、承認されることではなく、自らの考えに基づいて行動することなのは勿論ですが、一歩間違えると自分勝手な振る舞いに繋がると思います。
    自らの考えが、論理的であるか、具体的に仕事面で言えば、その仕事の目的を果たすために必要であると説明がつくものであるか、そこを意識すれば、主体的に行動できる勇気にもなるのではないでしょうか。

    • そうですね。私個人としては、「自分が心から”したい”と思っているかどうか」だと思っています。”しなきゃいけない”ではなく。

      もし自分がしたくないのに、「勝手はよくないから」と自分を押さえつけていると、結局ストレスになってしまうと感じています。

      そもそも、「勝手」という尺度すら、自分自身の個人的な主観でしかないものなので、(“真に勝手なこと”はこの世には存在しない)結局のところは「自分の世界の捉え方」で、勝手だと思っても思わなくても、現実の世界はそれに対してほとんど変わらないことが多い印象です。

      おっしゃるとおり、主観的な自分の意志のもと、つまり、「やらされている」とか、「させられている」という義務の意識を捨てて素直に生きると、とても楽に生きられますね。私自身、日々それを体感しています。

  • 興味深く拝読させていただきました。
    「ウツは甘えである」とは、
    解放されたからこそ感じられることですよね。
    解放されてみると、
    何をあんなに苦しがってたのか、
    なぜあんなに甘えてたのか、
    自分で不思議になったりするもので。

    ただ、真っ最中のときは、そんなふうには思えない。
    だからこそウツ状態なわけで。

    だから、「甘えである」とは、
    自分にしか言えないことであり、
    他人には決して言えないし、
    言われたくもないことです。
    そこが難しいんですよね。
    自分で気づく以外にない、と。

    トラウマは勘違いである、
    というアドラーの主張も
    真っ最中のときには、しんどい考え方です。

    そのような意味で、
    「私のウツは~」と自分で感じられたことは
    自分にとって幸せなことであり
    正か誤かの話ではないのだと感じました。

    アドラーも、
    「主観でいいのだ」といわれてますしね。

    ただ、ウツのときは休んだほうがいいというのは
    ある程度、事実でもあり、
    それは甘えではなく、
    自分を取り戻すための時間なのだろうと思います。
    本人も周囲も、
    休むことに関しては寛容になったほうが
    いい社会になりそうな気がします。

    ウツは甘えであるというよりも、
    承認欲求が甘えであるというほうが
    より事実に近い感じになるでしょうか。

    まぁ、ときには甘えん坊になることも
    愛嬌として考えたらいいような気がしますね。
    甘えたっていいじゃーんって思うことで
    ウツから解放されることもあるもので。

    結局は、自分にとっての落としどころを見つけるのが
    一番よいのだと思います。

    私個人としては、
    自分のなかのウツを愛でる気持ちでいようと思ってます。

    そんなことを考えさせられた記事でした。

  • おお!
    まさしく私が悩んでるのと同じ!!
    なんか、私も鬱になって、恥ずかしいけどどっかで優しくしてくれると期待してる自分がいました。
    まじで情けないなーと思いつつも直せなくて、、
    絶対に絶対に他人に求めないように生きた方が楽だから
    私も変わりたい、、

  • お前は俺か…!?って記事を読んでて思いました。まあ全部じゃないんですけどね。
    誰かに依存してるというか、常に許しを乞い、「誰か自分を認めてほしい」と時に辛くなる。でもこんなんだといざという時の選択を他人に預けて、その選択が間違っていたと感じた時にその選択を委ねた相手に責任転嫁してしまいそうで。これって承認欲求が根源だったんですね。
    今まで私はいじめられっ子だったこともあって、他人を退け孤独に慣れていたと思っていたのですが、結局は他人を退けるだけで、母親に依存して母親にヘイトを溜めていただけだったのだと。気づくことができてよかったです。
    できれば今でなく2年前にこの記事に出会いたかった。

  • なるほどとおもいました。私は過去のエレファンさんと同じような心境にあります。今が苦しいです、でも苦しいのは他人の目をきにしているから…刺さりました。自分を強く持ちたい、甘えを断ち切りたい、他人がどうでも良くなりたい。
    孤独で、強く自由な、逞しい生き方、素晴らしいです、はやく私もそうなりたい。はやく親から自立したい、親から好かれたいという気持ちを無くしたい、自由になりたい、私のいままでは遠回りしてばっかりです。金銭的にはまだ親からは離れられないけど、もう苦しい。無言家出なんて、考えたこともなかった、そんなことしたら…どうなるのか怖いけど…いいなとおもいました。
    現実的にこれからどう生きて行こうか考えます。
    この記事を書いてくださって、ありがとうございました。

  • こんにちは。宜しくお願いします。「うつイコール甘え」ではないのですが、「うつ」と「甘え」が重なっている部分、複合症状とでも言ったら良いのか、いわゆる「勝手うつ」の症状の方は多いと思います。

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