承認欲求からの脱却─新しい自分の世界




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2020年04月25日~:
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“独り”から逃げ続けてきたのが私の人生。

私の人生を一言で表すなら、それは孤独から逃げる人生だった。

独りで自分の人生を決めて、独りで楽しむということからずっと逃げ続けていた。

それをずっと他人に変わりにやってもらっていた。他人に変わりに選んでもらって、他人に変わりに楽しんでもらって、それに私は共感することで、その他人と同じになることでそれを楽しいことだと思い込み続けた。

親が喜んでいるから私も喜ぶ。友人が楽しそうだから私も楽しい。友人が笑ったから私も笑う。そんな感じだった。

自分で書いていても恐ろしく奇妙に感じる。今思うと本当に意味の分からないことをしてきたと思う。なんでそこまで他人の奴隷でいようとしていたのだろうと。自分がどこにもいないじゃないかと。

そんなことだからずっと自分で決めることが怖くて、ずっと誰かに楽しませてもらいたがっていた。

自分で楽しいと思うことがよくわからない。誰かが面白いと思ったことに同調することしかできない。

だから誰かが自分を褒めることが自分の喜びだとと信じ続けていた。誰かの気を引けることが、自分の生きがいなんだと。

でもそんなものは喜びでも生きがいでも何でもなかった。その正体はただの安心感だった。何かの恐怖に対するものだった。

私はいつも何かに恐えながら生きていた。それが常態化して気づけなくなっていただけだった。

そんな日常的になってしまっていた無意識の不安感から一瞬だけ抜けることができたときの安心感、つまり誰かに承認されて緊張の糸がほつれたときの安心感を、”喜び”だと思い込んできただけにすぎなかった。

他人に褒められたいと思ったとき、否定されたくないと思ったその瞬間、私はいつも他人に対して身構えるかのような、自分を押さえつけるような感覚を常に抱いていた。それが不安感の正体だった。

私はただ、自分の意志で他人に怯え続けていただけだった。そんなつもりはまったくなかったが、無意識的にずっとそうしてきたのだった。

褒められるために、自分を恐怖にさらしていただけだった。その生き方を30年近くづづけていただけ。

これまで自分が友人だと思って接しているそんな人達すら、私は怖いものとして接していたということだ。

他人が怖かった。他人が怖いものと思い続けただけだ。他人から仲間外れにされて自分を否定されて、孤独になってしまうことが恐ろしくてたまらなかった。

だからいつも他人に同調しようとした。

「他人と同じになれば他人に気に入られ、他人から攻撃されなくなる。」

「そうすれば自分は独りにはならない。自分と同じ誰かがいるから。」

「だから独りはダメだ。他人に気に入られていなきゃ、俺は生きていけないんだ。」

そうしなきゃ死んでしまうんだから」と

その恐怖は、これまでずっと恐れ続けていた「独りを受け入れること」で消えた。そして同時に、これまで自分が見ていた世界が、如何に歪んでいたものであったということを思い知ることになった。

“卑しい凡人”だった自分

最初は他人も自分と同じように他人に評価されるために生きているのだ、と思っていた。だからみんなそのために毎日必死で我慢をし、他人に合わせ褒められるためなら必死に努力するのだろうと思ってすらいた。

ところが現実は違っているようだった。平気で人の悪口を言う人や暴力を振るう人がいたり、まったく人目など気にせずに自分の好きなことに没頭している人や、常に明るく天真爛漫に楽しそうに生きている人、常にのんびりと穏やかな人など、そういうものから遠い人たちが様々な形でたくさんいた。

そして私の思う人間像と違う人達に対し憧れ、同時に見下してもいて、嫉妬していた。

嫉妬は様々な形で現れた。

それは得に褒められている人を見た時によく表れた。特に自分の思う褒められるべきレベルに達していない人が褒められているのを見たときは相当なものを感じた。

「なんでこんなレベルのものしか作れない人が褒められて、私は褒められない?」

別に彼らが自分に何かしたわけでもないのに勝手にその人達を嫌いになった。敵だととらえて「どうせ周りは何もわかってないだけだ」などと心の中でその人とその周りの人を見下げ、息巻き、強がって見せた。

いわゆるバカなことをやっている人を見たときには激しく見下したりもした。芸能人の不倫、政治家の汚職、全く我慢などせず勝手気ままに傍若無人にふるまう人が信じられなかったし、それにとてつもなく激しい怒りと不快感をその胸に感じていた。

何も背負わず楽に生きている人も見下していた。社会的責任や仕事の内容、正社員か非正社員か、そんな肩書一つで人を上か下かという風に見ていた。自分は正社員だから大丈夫。そんな誰かを見下している上でしかなり立たない歪んだ自信で自分を鼓舞していた。そんな中でその見下していた人が楽しそうに生きているのを見ると、とても腹立たしいような、煮え切らないような、怖いような、でもそれが欲しくてたまらないような嫉妬心が芽生えた。

なんでこんな人たちが私よりもいい人生を送れるんだ、などと憤っていた。

自分の方がずっと”正しい”のに。ずっと”優秀”なのに。なぜこんな”下賎”な輩が私よりも幸せそうなんだ。楽しそうなんだ。

気に入らない。むかつく。そんな資格彼らにはない。

そこまで他人に嫉妬し憎んだのは、少しでも自分に“褒められるパイ”を確保しようと思っていたのだと思う。

自分の作った正義のこん棒人を見下しなぐりつけ制圧すれば、自分が正しくて、崇高な存在であるということを証明できると、自分の優位性が証明されるのだと思っていたのだ。

そうして他人に勝ったと”思える”ことで、コンプレックスをかき消すことができると感じていたのだ。

なんて傲慢で臆病な人間だ。

ところが、その行為はむしろ自分に毒を仕込む行為でしかなかった。他人を敵として認識し、打ち倒すべき存在であるとして、他人に勝ち続けなければならないという義務を自身に植え付けた。

それは同時に、他人に負けること”という恐怖をも作り出していた。

勝てば助かる。でも負けたら自分は無価値でどうしようもない人間である、そう思い込む、自己否定の種をも同時に仕込んでいた。

いつか誰かに自分がしてきたことと同じことをされる、”思われる”かもしれない。そう考えただけでいつも怖くてたまらなかった。だから他人の顔色が一層気になって、ますます身動きが取れなくなっていた。

また、他人を否定し見下すという行為をすることによって、「私はあのようにはならない」、

いや、「私は彼らのようになることはできないのだ」と暗に自分の可能性すら自己否定し続けていてもいた。嫌悪を向ける相手から自分の可能性をさぐろうなんて思えるはずがない。嫌われる人にならないために、必死で避けようとするだろう。

そうやって私は、内に秘めた他人に対するあこがれの気持ちを捻じ曲げ、彼らを見下げ、敵視することで自らの可能性をつぶし、かつ自らを恐怖にさらし続けていただけにすぎなかった

気が付けば自分でやりたいことが何一つない、自分だと思える自分がない、ただ褒められることだけが生きがいの他人に怯え切った息苦しさに苦しむだけの人間になり果てていた。

そんなことだから当時の私は相当にひねくれていて臆病で、それでいて相当な褒められたがり屋でもあった。

かといってそんな自分の思いを、誰かに言ったりする表現する気概すらもなかった。とにかく人に嫌われるのが怖かったから。ネット上での匿名の世界ですらそうする勇気もなかったくらいだ。

ただ頭の中で思っているだけ。思っているだけで全く発散しようとしない。本当に自分の言いたいことが言えない。

言えるのはいつも、その周りの空気に合わせた何かだけ。でも頭の中では他人を激しく見下してもいて、同時に憧れてもいる。

だから私は簡単に他人の空気にあてられ、その空気もし”汚れていれば”、私もその汚れに染まり、いわゆる”汚い人間”になり下がることも多々あった。

今の私なら、きっと近づこうとも思わない人間だ。一緒にいたらきっと疲れるに違いないから。

いつもきょろきょろ、誰かが褒めてくれそうなことを探し、褒めてくれる人の側にたって、逆にそうでないものを見下げる。気分はいつもバラバラ。そこにいる他人や環境次第で態度がころころ変わる、まったく信用のおけない人間でしかなかっただろう。実際、いつも気づけば私の周りにはもう誰もいなくなっていた。

全く愚かな話だ。それで優れた何かに慣れると思っていたなんて。現実はその真逆ですらあったのに。

私はただの凡人にすぎなかったというのに。それも卑しい凡人だ。そんな凡人が背伸びをしていただけ。それも窒息しかける寸前まで。声も挙げず。

人は常に独りだと気づく

褒められることが喜びでないことに気づいて、それを捨てて生きてみるようになってからは、すべての他人がただ個人的な欲求のために生きているにすぎない、と思うようになっていった。

あらゆる他人の行為は皆等しく“本人の都合”という言葉に集約され、そこには上も下もなかった。褒められることで上になったり、見下されることで下になったりといった私のねじ曲がった理屈は、現実のものではなまったくない、ただの私が作り出した妄想にすぎなかった。凡人だのなんだの、結局は皆ただの個人の都合で、普通や常識なんてものすら、私が勝手に思い込んでいることにすぎないものでしかなかった。

他人に囲まれ孤独でないように見える人ですら、すべては自身の都合だけで、他人の都合なんて少しも見ることなどできない。自分を囲んでいる他人のことなど本当はどうでもよくて本当に気にかけているのは、他人を使って自分の気持ちを満たしているという、やはりその当人の都合でしかない。

囲んでいる人たちも同じで、その人を慕ったり何かを思うことに”よって”、自分の何等かの気持ちを満たして自分が気持ちよくなりたいだけ

結局人は、どこまでいっても独り誰も他人”そのもの”なんてみていないし、欲してもいない。

人間は他人のことを、自分よりも本当に大事だなんて思うことができない。人間のやることはみな自分の欲求を満たすことである以上、一番が他人になることは決してない。

皆自分が一番。

皆、自分が一番なんだ。自分しか見えないし、しらないし、欲してないんだから。

人に上や下があるなんて見方はただの独り相撲でしかない。ただ自身に劣等感と嫉妬心を植え付けるだけの退廃的なものの見方にすぎなかった。

褒める人も褒められる人も、それぞれ見ているものは常に自分だけ。

どんな人間も自分しか見ていない、しらない。

それはつまり、常に人は自分独りであることを意味していた。

私のことを喜ばせるために生きている他人など、この世に最初から一人もいなかった。

それは親ですらも同じだった。親だって自分の事しか見ていない。親の都合しか見ていないのだ。

そして間違いなく私もそうだった。私だってその他人のことなど全く見ていない、理解もしていない。欲してもいない。

今思えば「褒めてほしい」「楽しませてほしい」だなんていう“自分が感じたいという欲求”が真っ先に来ているというのに、なぜそんな単純で明らかな事実に気づくことができなかったのだとすら思う。

誰一人つながってなどいなかった。血縁関係など、ただの思い込みでしかない。誰も誰とも関係しているようで関係などしていなかった。皆それぞれの個人の都合という単独の世界の中に引きこもって、その世界をよくするためだけに、時に他人と”通信”をしているだけだ。

よく考えれば、そもそもその”通信”している時間すらも多くなかった。多くの時間は一人だ。

何かを学んでいる時、仕事をしているとき、遊んでいるとき、食事や家事をしているとき、

そんな瞬間は、他人の存在なんて認知すらしない。いつも一人だ。独りでもくもくとふけっているだけだ。

そんな色んな事に気づきながら過去の習慣を捨てて、やがて他人に期待することを徐々にあきらめるようになって、必然的に単純な、”今存在する目の前の自分の現実”だけが残った。

それ以外の何かに関心を向けることはなかった。関心の持ち方そのものが変わった。関心を持つ何かと、その在り方が一変した。

“何かに期待するという関心の持ち方”を捨てた。

他人に期待しないこと。社会に期待しないこと。

他人が考えたもの、他人がいいと言っているもの。この世の常識だとされているもの。

自分の”外”に期待することをやめた。

それに付き従っても、ただ私に義務だけを課して恒常的な不安感を与えつづけるだけだから。その義務がやっとのことで果たすことができたほんの一瞬の時だけ安心感を与えてくれるだけ。

私が欲しかったのは”永遠に続く安心”だったのに。

いや、安心感などそもそも与えられてなどいなかった。

他人の都合という恐怖によって自分を突き動かしていただけだ。

多くの時間、それは私に安心感を与えるどころか、私の時間と自由意思と安心感を奪い続けただけ

ただ奪われていただけだった。

いや、私が自らの意志でそれらをどぶに捨てていたのだ。私が自らの意志で他人の奴隷になり、自らの意志で他人を使って苦痛を感じるように生きようとしていただけだ。

私はただ苦痛を感じ、自由を手放すために他人の都合で生き、他人の奴隷になれたことで安心し、なれないことで苦しむことを生きがいにしていただけだった。

最後に残ったもの。

「褒められたい」を捨てると、私の中には本当にほとんどのものが残らなくなった。まるでいろんな荷物やごみで散らかっていたワンルームが掃除と引っ越しで跡形もなくなった空っぽになったかのように、何もない殺風景な情景が私の心にひろがっていた。

とてつもなく空虚な感覚だった。それを受け入れるのには、しばらく時間がかかった。それだけ、今まで信じてきた大部分のものが他人の都合の化身でしかなかったこと、独りを如何に恐れていたことを物語っていた。自分自身だけが本当に大事だと思うこと、楽しいと思う何かを自分で作ってこなかったことを証明していた。

しかしそんな自分の中にも、たった一つだけ、残っているものがあった。まだ芽すら出ていない種のような存在だが、確かにそれだけが残っていた。

自分がすること。今自分が決めて、今実行すること。

これだけがぽつんとのこっていた。とてつもなくシンプルで小さく、平凡であり、しかし揺らぐことなく変わることのない”純粋な自分”であった。

本当に自分が欲しかったもの

そしてこの孤独こそが、長年私が他人に憧れ、欲しがり続けてきた”本当の何か”でもあった。

つまり本当に欲しかったものとは、他人に縛られることをやめた、自分自身

自分で決めて、自分で楽しむ。自分で決めた何かに向かって夢中になることだった。

自分になくて”勝手な他人たち”が持っているように見えたある”何か”とはこれだった

止めたいときにやめて、休みたいときに休み、再開したいときに再開する。楽しもうと思うことを楽しみ、感動したいものに感動する。自分の体調を自然に気遣い、ごく自然に感じるままに生きる。

他人の都合という”理屈”を切り離して心のまま、自分のままで生きることを日常にすること。

そんな単純で自然な日常を送ることができること。他人の承認を求めて不安をいやそうとすることばかりで、ずっと目を背けていた”孤独”こそ、私がずっとあこがれていた自由の正体だった。

他人の目など気にしないから自分の好きなことができる。悩むことも迷うことなく、自分で決めて、自分の意志で行動できる。

今自分が何をするか。それを今、自分で決めて今自分でやる。

そんな単純なもののことだった。

嫉妬も憧れも必要なくなった。

他人や社会の都合なんてもうどうでもよくなった。外から与えられることをあきらめることができて、そのおかげでずっと”ほしかったもの”が手に入ったから。

“外の何か”を待つ必要がなくなったから。自分の都合のいい他人や社会、世界の動向を待たなくてもよくなったたからだ。

他人に勝つ必要もなくなった

人を上、下の関係でみなくなったことで他人に勝つ、負ける、といった世界の見方も必要なくなった。社会で優れた何かにならなければならない、賞賛される何かにならなければならないのだという縛りからも自分を解放することができて、とても気持ちが楽になった。

心置きなく、残りのいつまで続くかわからない自分の人生という暇つぶしに独りで興じることができるようになった

独りという自由を知った

人生はただの暇つぶし。その言葉の意味は、今でははっきりしている。

この世に意味なんてない。そんなニヒリズムも、今の私にははっきりしている。

独りだからだ。独りで自分の都合を決めてるからだ。

私がそう決めた。私が外に懇願し、与えられることをやめると決めたから。

「与えられる」は大きな勘違いだった

人生の意味も栄誉も必要ないものだった。外から与えられる何かなんてものは存在しているようで、実はどこにもなかった。

そもそも「与えられる」というものの見方そのものが、現実に存在しないものだった。

与えられるために生きることなど最初からできない。それは生物の仕組み的に考えてもありえない話だった。

人に限らず、生物というのは常に自分でほしいものを手に入れて生活することが自然で、この世の原則だった。

微生物たちだって自分の触手を伸ばして獲物を捕らえて生きるし、飼い猫や犬でさえ、飼い主から無条件に与えられているかのようにみえて、実際には飼い主から食べ物を得るために学習して行動しているだけ。決して飼い主のためなんかではなく、自分の安全や食欲を満たすために人間と共生しているだけにすぎない。

赤ん坊という究極の与えらえれて当然に見えるものですら、自分が欲しいもののために泣いて親に知らせようとするくらいだ。

どんな生物であっても、自分のために行動している。何かが勝手に自分の所にやってきて全て与えてくれるなどという都合のいい存在など、この世のどこにもいやしない。

自分が欲しいもののために自分から行動し、自分のために生きる。

至極当然のこの世の原則だ。

今まで私が見てきた色んな人間たちはすべて、自分のために生きていただけ。

私を好きになった誰かも、私を嫌いになった誰かも、私を尊敬した誰かも、私を軽蔑した誰かも、私を友人だと思った誰かも、私を敵だと思った誰かも、皆同じだ。

その時に自分が欲しいと思ったこと、やりたいと思ったこと、そうしたいと思ったこと、感じたいと思ったこと。

そんな自分が欲しいもののために行動しているだけ。決して私のためなんかでもなければ、他の人のためなんかでもない。

自分の欲しいものを見て、求めて行動している。生きてる。それだけの話。

誰一人誰からもも与えられてはいなかった。

与えられるなんて嘘だったんだ。

もう私から他人が欲しいがっているものなど、もうどうでもいいことだ。

他人の欲しい誰かになっても、与えられることなど決してないのだから。待っていて何かが手に入るわけがないのだから

私の承認欲求の正体

今思えば、私にとっての承認欲求とは「自分がいつか死ぬ」という現実から永久的に逃れることができる唯一の手段だと感じていたからこそ求めていたものではないかと思う。

人に認められ、褒められた時に感じていた安心感。

それに対応する恐怖や不安のソースは、他人の目や孤独に対するものであった。

では他人の目や孤独の何が怖かったのか?

それは自らの生を脅かす何かであると思い込んでいたからであった

他人から白い目で見られることで孤独になる。孤独になることによって生きていけなくなる、生きている意味がなくなるという思い込み。

自身の”生”に対する否定。そのような死のイメージが、自身に恐怖を生んでいた。

恐怖とは皆、突き詰めれば己の死のイメージに触れるものだ。暴力や戦争、どう猛な野生動物に対して感じる恐怖は、みな自身の死を想像させる何かだ。

他人に気に入られることで死を回避しようとしていたんだ。私はそれで自分が死ぬという現実をなかったものにしようとしていた。

他人に気に入られさえすれば、“永遠に”、死ぬことから逃れられると、無意識的にそう考え、これまで媚びながら、大人しくいい子を演じながら、隠れて嫉妬もしながら必死に生きてきた。

他人や社会の言うことに従い、いい子でいれば常に与えられえ、自分の人生を保証してくれると思い込んでいた。

そう、当時の私は他人に気に入られることに寄って「死は逃れえるもの」だと無意識的に思っていたのだ。

とても奇妙でありえない理屈だ。どう考えたって現実的におかしい理屈。

しかし無意識というのは、本当に無知で愚かなものだ。少し考えてみればおかしいことにすぐ気づくようなことが多い。

それに自分で気づこうとすると、なんでこんな思い込みをしていたんだ、という風に自分の思い込みのおかしさに驚く。私は5年以上もそれをずっと繰り返して、毎日がそんな驚きの連続だった。そしてそれは、これからもまだまだたくさんあるような気すらする。

それだけ私が、これまでの自分の人生で多くのねじ曲がった思い込みをしてきたということなのだろう。それだけねじれた思い込みをしてきたんだ。

自分が死ぬという現実があまりにも遠かった。

寿命という概念があるにもかかわらず、それを知識として知っていたにもかかわらず。

いつ自分が死ぬのか何も保証されていないにも関わらず、私は人に気に入られさえすれば、その死から永遠に離れることができるのだというようなことを無意識的に、感覚的に思い込んでいた。

そう感じることができていたのは、当時の私にとって「自分の死」はあまりにも遠く、おおよそ現実のものではなかったからだろう。

「まだ20代なんだから、少なくとも30年くらいは生きるだろ…人生は長いんだから…

「”だから”今は我慢していやなことでもやらなきゃ…」

なんて考えていたのだ。

何が”だから”なのだろうか。30年くらいは生きられる?そんな保証がどこにあるというのだ?

しかし私はそれをほぼ確信的に思い込んでいたんだ。これから”待ち受けている”30年以上続く人生を幸せに生きるために、他人の承認を満たし続ける人生を送ろうとしていたのだから。

30年くらいだと適当な数字をあげていながら、感覚的にはほとんど「死なない」に等しい気持ちで思っていたように思う。

「まだ」という感覚は、ほとんど「死なない」とイコールだった。

要は、私は「まだ死なない」と思っていたのだ。

「死ぬはずがない」

「死ぬわけがない」

「だってまだ若いんだから。先は長いんだから」

そんなありさまだったから、承認欲求の虜にもなってしまうのもうなづける。それに飢えるのも納得。焦がれるのも無理もない。

自分の人生の保証、ありどころを他人や社会、常識や普通に求め、他人の承認に飢え、そのためなら何でもする奴隷になるのも、自分の”永遠の命”がかっていたのだから、無理はなかった。

不死身なんて、喉から手が出るほど欲しかったものに違いない。それさえ手に入ってしまえば、すべての不安はなくなってしまうだろうから。

本気でそれがかなうと無意識的に感じていた当時の私からすれば、それはまさにこの世で最も価値のある、唯一の“確かな宝”に違いなかった。

つまり、私のあらゆるコンプレックスに対する恐怖、不安、そしてそれを超越したい、そして特別な何かでありたいという現実離れした欲求は、皆この「圧倒的な死への超越」という狂った夢物語に対する、最初から負け戦であることが決まっていたことに対する決死のアプローチにすぎなかったということだった。

自分はいつか死ぬ。それを受け入れた

死んだら終わり。全てが無に帰す。何一つなかったことになる。自分だけでなく、この世が存在していたということすら。

自分という主観が生滅すれば、それは宇宙の消滅と同じ

自分が人生の中で何を成し遂げようが、何も成し遂げなかっただろうが、他人が言うところの優れた何かになろうとしようが、反対に落ちぶれようが、如何に何かを残しそうが、何も残さなかろうが、

結局自分が死んでしまえば、すべてなかったことになるという、自身の死という現実は変わることはない。

だから人生に”意味”なんてない。

少なくとも私にとっての人生の”意味”なんてものは皆、自分が不死身になれるという理屈を成立させるがための正当化、”作り話”にすぎなかった。

その作り話を本気で信じていただけにすぎない。どんなにそれを体よく作り上げたところで、ごく自然的に当然として不死身にはなれない。

やはり自分は死ぬ。やはり何をしても。いつかは、最悪次の瞬間に死んでいる。

であるなら、すべての物事に”意味”なんてものすら、最初からなかったのだ。

いや、人生に意味なんてそもそも必要ですらない。

何一つ意味あるもの、つまり“背負う価値のあるもの”など、この世に存在しなかった。何一つそれらは自身の死の運命を避けることなどできない。自分の生を正当化し、自身を不死身の無敵の何かにすることなどできやしないのだ。

だから他人も社会も、世界すら、結局自分の人生には何も関係がない。何一つ意味がないし、何一つ保証などしないし、そもそもできないのだから。

散々逃げてきた孤独を受け入れて…

何をしても人間は孤独。何をしても、自分の死を回避する手段はない。人は最後には独りで死んでいく。

誰かに看取られようがそれが変わることはない。いつも自分の心は自分だけしかいない。誰も一緒に死ぬことはできない。

そしてその死は、自分が思っているよりも遠くにあるようなものではなく、むしろもっと身近に存在する、自身の運命だ。

そんな孤独を受け入れた自分に見えてきたもの。

ただ目の前のことをやるということ。

やはりこれしかない。独りもくもくと自分の世界に引きこもる。

人と関わっているときもそうでないときも、その心情は同じだ。

他人の心なんて私は知らない。他人の頭の中なんて知覚すらできていないから。他人はただのフィルターでしかなく、それ以上でも以下でもない。

他人のすることは他人の課題だ。自分に何も関係がない。自分は他人に対して”できること”はない。

ただ今、自分がすると決めて何かをするだけだ。

好きなことなんてのは、そうやって自分で作るものなんだから。

それを死ぬその時まで、ただ続けるだけ。

結局今があれば十分だった。

だから別にいつ死んでもいい。別に死にたいわけじゃない。でも生きたいというわけでもない。

「生きたい」とも「死にたい」とも考えていない

あるのは、ただひたすらに今したいことを考えてしているだけ。

何かに夢中になったり、眠くなったら寝たり、行きたいところにいってみたり。それだけだ。

今はとりあえず生きている。でもいつかは死ぬだろう。

でも別にそんなことすら、もうどうでもいいことなんだ。

きっと、いつの間にか死んでいるんだ。気が付いたら終わっている。それが人生なのだろう。

それでよかったのだ。生死に執着するなんて無駄なあがきでしかない。

生きたいと思わなくていい。死にたいと思わなくていい。

今までそれを自分に強制してきた無意識に気づけた。そんなこと考えなくてもよかった。

だから今が大事なんだ。その今を私は感じている。今という瞬間は確かに自分が感じ取っている。

結局のところ、それだけで十分なんだ。



自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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