頭で考えるより行動あるのみが良い理由





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2022/04~現在、再度全体的に記事の見直しを行っています。修正したものから順次最新更新日で更新していきますのでお楽しみに(?)

 

頭で考えてばかりだと「正解」を探して行動できなくなる

100%正解、成功する方法なんてない

絶対成功する方法とか失敗しない方法って基本的にないと思うんですよね。もしそんな方法が合ったらもうその問題はとっくの昔に収束していて問題視すらされていないはず。誰もがその方法で成功するはずなので、まるでこの世の常識のように広まっているはずです。でもそれを自分が知らずかつほかの誰も知らず不安そうにして、知ってそうな人に質問して聞いているような状態なのであればそれはいまだ誰にも解かれていない問題なわけで、なおさらそんな方法はないと考えた方がずっと自然なはずです。

それでもそういう方法がどこかに必ずあるはずだ、と正解に執着し続けるといつまでたっても行動に移すことが出来ずに終わってしまうと思います。

例えばどこかに転職しようとしていてどの転職サイトを使えば100%成功するかとか、どんな会社に勤めれば自分が100%満足するかとか、100%面接に成功する方法とか、あらゆる可能性をしらみつぶしに調べて備えても失敗するときは失敗するし、思い通りにならないところは思い通りになりません。思ったほど希望の求人が見つからなかったり、入社してみたけどなんか違ったと感じたり、面接で緊張してしゃべれなかったり内容が消し飛んだり、相手のスケジュールやほかの候補者の都合でキャンセルになったり、予期しないことというのは実際その時になってみないとわからないことというのが大半を占めていると思います。

先のことは常に自分にもほかの誰にもわかりません。自分がこの先どこに行ってどのような経験をするのか、これから世界がどうなっていくかなんていうのは実際その時になって見なきゃわからない。いくら下調べをしようがそれだけはわからないものです。

それでもわかるはずだ、100%備えられるはずだと執着をし続けても、それがわかることは一生でないことは変わらないわけですから考え続けるだけしかできず、何れは根負けして転職するという行動に踏み切れず、結局「転職しない」という行動を選択してしまうこともあると思います。

つまり頭で考えた結果行動できなくなる自分を作り出してしまうなんて結果になってしまうこともあるかもしれないんですよね。

他人が関わるものは他人の都合次第なことも避けられない

例えば人生で成功するにはどうすればいいのか、というその成功の定義が他人が関わることであればあるほど、それは必ず正解、成功するということから遠ざかるものになると思います。

もっとも簡単な100%正解というのは「1+1=2」というようなごく単純かつ、自身の頭の中でできることで完結しているものです。これは他人の都合をほとんど巻き込まずかつ労力も最小限のものになりますからほぼすべての人間がこの公式を覚えることを出来ると思います。

しかしこれが、学校で成績1位をとるとなれば一気に難易度は変わりますよね。もちろんずっと複雑で覚えることもけた違いであるという点はそうですが何よりも重要なのは、そんな成績という概念や覚える内容など、各種学科目などの知識といったものはほかの誰かが作ったもので構築されているものであるという点です。

自分が作ったものではないのだから自分に都合の良い形の分かりやすい内容であったり身に着けやすいものであるとは限らない。他人が作った授業、カリキュラムという枠組みややり方の中で学び、他人が決めたテストの日に当日まで内容が不明な他人が作ったテストを受け、後日他人によって採点された成績発表がされるわけですよね。そしてその授業やテストを受けるのはほかの大勢の他人もいるわけです。単に勉強するだけでなく学生生活やクラスメイトなどの付き合いなどもありますし、それによって自分の心や考え方にも変化が生まれることもありますからそうそう単純にはいきません。

こんな風に他人が絡み始めると、途端に自分ではどうにもならない問題というのが膨大に増えていくわけです。思い通りにならずに悩んだりすることが増えていくわけですね。

そしてこれが例えば人生で成功する、お金持ちになるとか地位ある職に就くとか、有名人になるというものになってくると、さらに難しくなるでしょう。

難しくなるというか、運否天賦の分が強くなるといった方がいいでしょうか。学校の成績は自分の心の在り方と努力次第でどうにかなる部分が大きいですからね。極論を言えば全てのテストで100点を取れば1位になることはできますから。しかし有名になることだったりするとそれは自分を有名にする支持者という他人の存在が必要不可欠になりますよね。そして支持者というのはなぜそもそも支持をするのかというと、それは欲しいものがその支持をしている人から得られるからです。つまり、支持者が欲しいものを自分が提供しなければならなず、かつ膨大な人の支持を獲得しなければならない。支持者がそれぞれ何を欲しているのかなんていうのはわかるようでわからない。やってみないと自分がやることを他人が欲しがっているのかどうかはわからない。渾身のネタを投下したと思ったら受けが悪かったり、どうせ受けないと思ってやってみた思いのほかバズったりすることもある。いくら頭で考えたところでそんな他人の興味なんてのはわかることではない、と思います。ビジネスで成功するにせよ、出世するにせよ、そこには必ず他人の存在があり、その他人との関係性の中で成功したりしなかったりするので、運の要素がとてもつよいのです。

結局のところいくら考えようが、自分にわかることでないことは一生わからない。他人なんてものはそのもっともたるものです。

誰かの出した答えに頼っても保証なんかされない

この何十億という人間が暮らし、作り上げている現代社会で何をすればいいのか、どう生きればいいのかという答えにおいて、100%保証できるようなものはありません。

なのでいくら著名人である誰かの助言をきこうが、それがいかに説得力のあるものであろうが、自己啓発や人生哲学、成功するにはどうすればいいのかという本を読もうがそれで自分の人生が成功することが保証されたりすることは全くありません。

自分という今の現実が、他人の出した答えを知るだけで思い通りになるということはないわけです。

誰かの出した答えが自分には合わないことだってある

ある誰かがいったことが、本当に100%成功するものだと仮定しても、それはその人にとってはの方法、通用するやり方でしかないと思います。

もちろんほかの人にも適用できることもあると思いますが、それは相性がいいことに事柄に限りますよね。ゲーム機が欲しいと思っていても「じゃぁ買えば?」と助言されたところで、買うお金がなければ買えないわけで。これは単純な例ですが、例えば今自分はブラック企業に勤めているととしてそれがつらい、どうしたらいいんだと考えどこかの誰かに相談したとします。そうしたら「やめればいい」と助言されましたと。

でもそんなのできたらとっくにやっていると思うんですよね。でも辞めてないわけで、つまりその人にとって「会社を辞める」ということは最初から選択肢にない。選べない、選ぶつもりがないから。なぜかといえば経済的な都合の問題もあるでしょうが、その当人の価値観や考え方といった自身の内面の都合によるものだから。会社を辞めることで周りから嫌われるのではないか、白い目で見られるのではないか、転職活動なんて自分にできるのか、そういった自分の心が受け付けない方法を他者から提示されても実行に移すことができないから。

現状の自分に実行可能なことでないのならいくら聞いても何にもならない。でもそういう情報を聴いているとどこか分かった気になって安心してしまってそれで問題が解決したような気になる。解決を求めているというよりは同情や保証を求めて安心したいという心理の方が強い。肝心の現実の自分の問題が一向に解決に向かわないんです。

他人は自分と違う人生を生きています。それぞれの人生で出した答えを言っているだけにすぎない。その人にとっての普通や常識がこの世のそれというわけではないように、その人の助言が万人に通用することであるとは限らない。その人にとっては次の一手でしかないことが、聴く側にとってはずっと先の一手であることもあるわけです。

答えは過去の中で見つかる

とはいえ何かをやってうまくいった、という話が全く役に立たないとか嘘というわけでもないと思います。その人が嘘やでたらめを言っていない前提は当然として、何かしらすることを決めて実行し続けた上でのみ結果は実るわけですから、その結果に至る最適な行動はなんであったのかは後で振り返った時にわかるからです。

これはつまり、何らかの成功を収めている人というのはみな「行動をした」ということです。自分で行動した結果見つかる自分の答えです。

答えとはその本人の持ち物であり、かつその本人の過去形なのです。未来のことではないし、誰かの正解でも未来のことでももちろんありません。

失敗の積み重ねの中で見つかる

そしてそのような答えとは、実行して発生する失敗の連続の中で見つかるものであると思います。

例えば絵を描くという行為がこれを如実に表していて、絵というのは最初から思い通りに自分の描きたいものがかけるというものではありません。実際には何度も線を引きなおしたり調整したり、構図自体を最初から構築しなおしたりすることもあり、最終的に自分がイメージしている描きたい何かに近づけていく作業になります。誤った線を引くという失敗の連続と調整の果ての中に求めていた線を引くという小さな成功が点在し、そこを起点として新たな成功地点に向かい続けてひたすらペンや筆を動かし続けて繰り返し、最終的に自分の中で満足するまで続けるんです。

それと同じことだと思います。最初は大体であたりをつけてからとにかくやってみるんです。やってみてうまくいかなかったら少し調整してみたり別の方法を試してみたりしながらとにかく前に進む。その果てにある成功というものがあり、そして振り返った時にこうしたからうまくいったといったんだ、という答えが出る。

ほとんどの現実の瞬間は成功に至るまでの失敗の連続なんですよ。失敗してし続けて、その中でたどり着いたある光る瞬間が成功体験というやつだと思います。ゆえに、求める何かに至るまで失敗しようが関係なく行動し続けるしか最初からないのです。

行動しなければ頭で考えて求めている正解は得られない。そういう矛盾なわけですから行動する以外にないわけです。

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自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間うつ病でしたが、多くの自分の歪んだ思い込みに気づきそれを捨てることで独学で立ち直りました。その「気づき」の記事を本ブログにて日々更新中です。
一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のことで疑問に思うことなどなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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