自分を責める人も、他人を責める人も、心理は同じ。




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2021年06月25日~:
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自罰的であるというのは、常に自分が間違った存在であるという思い込みから来ている。

いつも他人と自分を照らし合わせ、それに対して自分は間違っている、おかしな人なんだと思い込み、常に自分がおかしいと思うところ、悪いと思うことばかりをみようとしてしまう。

一方他罰的というのはこれがになっていて、常に自分が正しく、外が間違っているという思い込みをしている。だから自分から見て他人がおかしいところや悪いと思うところをみて、その人を罰しようとする。

一見正反対なこの2つ、でもその本質にはある共通した思い込みのポイントがある。

白黒思考であるということ

どちらも「この世には間違っていること、正しいことがある」と思っている。

自分がそれに対して、間違っている存在としてみるのか、自分がそれに対して合っている存在で、自分は正しい存在だと思っているか、という違いとして表れている。

自分と他人は同じでないと”いけない”と思っている。

自罰的な思考、他罰的な思考というその意識から、他人と自分は同じでないといけないと思っている。

自罰的な人は自分は常に間違っているから、常に”正しい他人”の言うことを聞かなきゃいけない、その他人のようにならなきゃいけないと思い込んでいて、

他罰的な人は他人は常に間違っているのだから、常に”間違っている他人”に自分の正しさを要求していうことを聞かせないといけないと思っている。

他人と違うことがおかしいと思い込んでいる

自分と違う人がいると他人と自分は同じでないといけない、というルールを果たすことができなくなってしまうから、その間違いを正さなきゃいけないという思いに駆られる。

自罰的な人は、自分が他人と違うと自分が悪い、間違っていると考えてしまうし

他罰的な人は、自分が他人と違うと相手が悪い、間違っていると考えてしまう。

罪、義務による支配という世界観をもっている

自罰的な場合、自分が他人の思い通りの自分でなければならないと思いこんでいる

他罰的な場合、他人が自分の思い通りの人間でなければならないと思いこんでいる

だからそれを達成するために、前者の人は自分を叱ってくれる人とか、正しいこととされている何かを教えてくれる人、保証してくれる人を欲してその人に依存してしまったり、あるいはそれを迫る人に対して委縮してしまって、自分のことに自信がもてなくなったりしてしまう。

後者の人は自分のことを正しいと言ってくれる人、あがめてくれる人を求め、そうでない人は攻撃したり無理やり従わせようとしたりしてしまう。

それは先ほどにも少し書いた「この世には間違っていること、正しいことがある」という思いが元にあることが多いと思う。

普通や常識といった外にある正しさをもとにした、罪と義務の意識による、支配、依存の関係性で自分をとらえてしまっている。その世界観をもとにして価値観や考え方、人間関係を形成している。

だから前者は自暴自棄になったり破滅的になったり自己破壊的になったり、後者は暴力的になったり支配的になったりする。

ちなみにこの両者が巡り合うと、共依存の関係になってしまい、問題としてすらとらえられることもないため、なかなか解消が難しい。

自罰的な人と他罰的な人は共通した心理をもつ

このように、自分を責める人と、他人を責める人には、共通した心理のコアがあり、違うのは、それが自分に向くのか、他人に向くのかという点。

その方向がどのようにしてきまるのかは、きっとその人の人生の中で自分がその中でどういう在り方であろうとしていたかで決まる。

正しいことがあると信じたうえで、自分はその正しさに対して、どうあろうとしたか。

正しい自分でいるために、他人に好かれ、他人に気に入られることで自分の正しさを保証しようとした場合は前者に、

正しい自分でいるために、他人を屈服することで自分の正しさを証明しようとした場合は後者になる。

それは家庭環境とか、幼少期にどういう人たちが周りにいて、それに対して自分はどう過ごしたかということで決まってくる。

一見後者の方がましにみえるけど、実際はどちらがいい、ということはなく、どちらも生きづらさを抱えているという点は変わらない。

どちらも他人を恐れてしまっているから。正しい何かになるには他人と同じになるか、従わせるしか道がなくて、それで他人が怖い。他人と違う自分が怖い。自分と違う他人が怖い。

他人が怖いから、どちらが正しいのかにこだわって、自分を罰したり他人を罰したりすることで、自分はいい人間なんだ、正しい人間だと思い込んで、それで何かに許されないといけないと思っているから。

つまり、自分はどこか許されていない人間であると無意識に感じているから求める。

どちらも自分に自信が持てなくて、それで不満や不安を抱えて生きづらく、だから他人にマイナスの感情がわいてきて、苦痛ばかり感じてしまう生き方になってしまう、ということである。

本当はこの世には正しいことも間違っていることも、最初から存在しない。

常識や普通とされていることっていうのは、みな「人間が作り出した概念」でしかない。

自分と同じ人間が作ったものなんだ。神様作ったとか、何か絶対的な高位の存在が作って、それを人間に教えた、なんてものでもない。そういうものは宗教であって、この世の真実でも何でもないんだ。

だからそんな人間が作ったまがい物で自分を縛る必要はないんだ。

自分と同じ人間という存在が作ったものを正しいことだ、真実なんだ、絶対守らなきゃいけないことなんだ、そのようにならなきゃいけないんだ、なんて思わなくていい。

何も知らない、何一つ正しいことも間違っていることも本当は少しも知らない、自分と同じそんな無知な人間が勝手に決めて作っただけだ。

だからそんな思い込みは捨ててしまっていいんだ。捨ててしまった方が幸せになれるというのならなおさらなんだ。



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自己紹介

Name : Elepan

元うつ病患者 (闘病歴10年)

約10年間のうつ病の体験と、独学で立ち直ったことや、実施した治療法について書いています。一人でも誰かの役に立つ情報になりますように… その他にも遊んだゲームの情報、世の中のおかしいと思うことなどについて考えたことを色々まとめています。

 

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